異世界プレッパーの生存戦略 ~魔王? いえ、それは変異型ゾンビ(ボス)です。頭を潰せば死にます~

Nenui

第1話:Xデーは突然に(あるいは、準備万端の俺にとっては遅すぎた)

目が覚めると、そこは見知らぬ森の中だった。


湿った土の匂い。鳥のさえずり。木漏れ日。


平和な光景だ。


だが、俺――相馬鉄男(そうま てつお)は騙されない。


「……ついに、来たか」


俺は音を立てずに身を起こし、周囲を警戒(スキャン)する。


記憶にある最後の映像は、正月の平和なリビングで餅を食っていたシーンだ。おそらく、あの直後にパンデミックが発生したのだろう。意識を失っていた俺は、避難区域外の山林に廃棄されたか、あるいは混乱の最中にここまで逃げてきたのか。


どちらでもいい。重要なのは事実だけだ。


俺が30年間待ち望み、備え続けてきた「終末(アポカリプス)」が、現実に到来したということだ。


「ステータス……オープン」


視界の隅に浮かんでいたアイコンを意識すると、半透明のウィンドウが展開された。


【名前:ソウマ・テツオ】【ジョブ:錬金術師】【スキル:アイテムボックス、鑑定、クラフト……】


「ふむ。軍用AR(拡張現実)デバイスの埋め込み手術も成功していたらしいな」


いつの間に施されたのかは不明だが、政府の秘密プロジェクトか何かの被験体になった可能性が高い。この「アイテムボックス」という機能が、俺が長年備蓄してきた物資へのアクセス権限ということだろう。


俺は試しに念じてみる。手元に、愛用していた『タクティカル・スコップ(研磨済み)』が出現した。


「よし。装備(ギア)の確認完了」


俺はスコップを構え、低姿勢で藪の中を進む。


サバイバルのルールその1。『状況を把握せよ(シチュエーショナル・アウェアネス)』。


10メートルほど進んだところで、茂みがガサリと揺れた。


俺は即座に木の影にスライドし、呼吸を止める。


現れたのは、身長100センチほどの小柄な人影だ。


腰にボロ布を巻き、手には錆びたナイフを持っている。


そして何より、その肌は毒々しい深緑色に変色していた。


「……ギギッ、ギャウ!」


その生物――一般的には『ゴブリン』と呼ばれる魔物――が、俺を見つけて濁った声を上げた。


だが、俺の目にはそう映らない。


緑色の肌。壊死(ネクローシス)が進んでいる証拠だ。


言語能力の喪失。前頭葉がウイルスに破壊されている。


凶暴性。典型的なレイジ(激怒)ウイルスの症状だ。


「確認した。第一種感染者(ウォーカー)。初期段階だ」


俺は冷静に分析する。


相手が飛びかかってきた。速い。だが、直線的だ。


「ギャアーッ!」


「黙れ、感染者」


俺は半歩だけ横にズレてナイフを回避すると同時に、遠心力を乗せたスコップをフルスイングした。


狙うは一点。


脳幹だ。


――カァンッ!


硬質な音と共に、緑色の頭蓋が陥没する。


感染者は糸が切れた人形のように地面に崩れ落ちた。ピクリとも動かない。


しかし、俺は警戒を解かない。


倒れた死体に近づき、スコップの先端を喉元に向け、体重を乗せて踏み抜く。


グチャリ、という感触。


「サバイバルのルールその2。『二度撃ちして止めを刺せ(ダブルタップ)』」


スコップを引き抜き、周囲に他の感染者がいないかを確認する。クリアだ。


死体の足元に、キラリと光る小石が転がっていた。魔石だ。


俺はそれを拾い上げ、顔をしかめる。


「……胆石か? あるいはウイルスが凝固した腫瘍か。危険物(バイオハザード)だな」


とりあえずサンプルとして「アイテムボックス(隔離保管庫)」に放り込む。後で焼却処分が必要だろう。


俺は森の奥を見据えた。


平和ボケした日本人は、きっとパニックに陥っているに違いない。


だが、安心してほしい。


この俺、相馬鉄男がいる限り、人類は滅びない。


「まずは拠点の確保(ベースビルディング)だ。ホームセンターは……この世界にはないか。なら、現地調達(クラフト)でいくぞ」


俺はスコップを肩に担ぎ、未知なる終末世界へと足を踏み出した。


勘違いと偏見に満ちた、壮大な冒険が幕を開けたのである。

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