第3話 メイド

「ふむ……ちゃんと出来ていますね」


ペンドラゴン家の執事である、ジャン・ポールが私の掃除を確認して満足げに頷いた。

彼はアークと共に一緒にいた老執事だ。


「ジャン執事の指導の賜物です」


私がアーク・ペンドラゴンに命を救われてから一週間たつ。

翌日には動くのに問題ないレベルにまで回復した私は、ペンドラゴン家で雇って貰いたいとアークに頼みこんだ。


その際、自身には記憶がなく。

行く当てがないと私は偽っている。


ドラゴン嫌いのアークに、自身の正体を明かす訳にもいかず。

また、下手に嘘の身分を告げた場合、後々それがばれたら面倒事になりかねない。

だからこの際いっそ、記憶喪失で行こうと考えた訳である。


まあしかし……今考えると、記憶喪失のごり押しでよく雇って貰えたものだと我ながら思う。

普通なら、そんな者は絶対雇わないだろう。


これもひとえに、当主であるアークがお人好しだったからこそと言える。


なにせ、倒れている見知らぬ人間を手当てして屋敷に運び込み。

しかも財政が宜しくない状態にもかかわらず、万一用に備蓄してあった高級ポーションまで使うような人間だからな。

アークは底抜けレベルのお人好しと言い切って良いだろう。


ふふ、そういえば勇者アークもそうだったな。

やはり血は争えないという事なのだろう。


あ、因みに、私は無給だ。

食事や最低限な物は当然出るが、基本的に恩返しのための奉公なので、報酬は受け取らない事になっている。


まあそうでもなければ、財政難のペンドラゴン家は私を雇う余裕などなかっただろうからな。

どうせ貰っても使う当てもなし。


で、メイドの仕事だが。

最初は不慣れな細かい仕事に四苦八苦させられたが、流石に一週間もあれば、それなりに仕事をこなせるようにはなった。

ドラゴンは巨体の割りに、実は器用だったりするからな。


「これからも精進する様に」


「畏まりました」


執事の言葉に、メイド姿の私は頭を下げた。

竜王だった頃なら考えられない行動だ。

言葉使いも、いまではメイドらしく敬語で対応している。


これもひとえに恩返しのため。

それに……もはや私は竜王ではないからな。


過去の栄光にしがみつくつもりはない。

恩返しに必要なら、どんな事でも受け入れよう。


因みに私は雌だ。

だからポリモーフで人間化した姿も、女の姿にとなっている。


見た目は、人間だと二十代程だな。

これは別に若作りしている訳では無く、ドラゴンは見た目が加齢で老けたりしないので、そうなっているだけである。

死にかけの老ドラゴンが、一々姿形など気にするはずもない。


「では、引き続きしっかり働く様に」


「はい」


ジャン執事が去り、私は屋敷の掃除を続ける。


手を止める暇などない。

なにせ屋敷は結構広いのに、働き手は極端に少ないからな。

なので、まだまだ掃除する場所は残っているのだ。


―—ペンドラゴン家は、アブソリュート帝国所属の貴族家だ。


この帝国は五百年前からあり、ペンドラゴン家は開国時からこの帝国と共にある、古き家柄という事になる。


ただし、その足取りは順風満帆と言える物ではなかった。

むしろその逆だ。

転落の一途と言って良い。


五百年前。

ペンドラゴンは侯爵家だった。

だがこの五百年の間に問題を度々起こし、今や男爵家にまで降格されている。


相次ぐ降爵の影響で、領地も帝国の中央部から南端へ移され。

今の領地は、峻厳な山々によって周囲をぐるりと囲まれた僻地となっている。


他の領地への往来の道は一本しかなく、ちょっとした陸の孤島状態だ。

当然そんな場所に、頻繁に交易にやって来る商人などおらず。

この領地では、年中物資不足が常態化していた。


また、領地で採れる資源は乏しく。

農地としてもそれ程でもなく。

更に、特段目立った特産物もない状態。


ここまで説明すればわかるだろう。

そう、今のペンドラゴン男爵家は貧しかった。

もうなんなら、国内の貴族で最も貧しい極貧領地と言い切っていい程のレベルで。


そのため、男爵家で雇われている人間は僅か五人——私を含めれば六人――しかいない。


執事一名。

メイド一名。

調理、食堂に一名。

馬番、庭師などを兼ねた雑用係二名。


それ以外にも、魔物に対する防備のための兵士を雇ってはいる。

が、それもたった二十人ほどだ。

貴族の抱える軍としては、かなり規模の小さい物と言って良いだろう。


にも拘らず、屋敷だけがそこそこ大きいのは、先代当主夫妻が騎士、そして魔導士として有名な人物だったためである。

なんでも、帝国のために働き、それ相応の報酬を稼いでいたそうな。

そのため、アークに代替わりする前は、もっと人がいて屋敷には活気があったとか。


因みに、これらの情報は全て使い魔を使って手に入れたものである。

仕える屋敷の情報を、メイドが根掘り葉掘り聞いて回る訳にはいかないからな。

それでなくとも、ジャン執事や他の従業員に警戒されている身だし。


―—私は常に見張られていた。


何故怪しまれ、見張られているのか?


理由は簡単である。

私の身元が不明だからだ。


ペンドラゴン家は、今や末端とは言え貴族家に違いない。

そこに来歴不明の人間が入ってきたら、警戒するのは当然の話である。


まあお人好しのアークはまったく気にしてる様子はないが……


「頑張って、警戒を解かないと」


周囲から警戒されている状態では、動きにくくて仕方ない。

それでなくとも、ドラゴンである事を隠さなければならない身だ。

余計な障害は、少なければ少ない程良い。


という訳で、とりあえず今はメイドとしての仕事を頑張っていくとする。

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