楽園もどき

先程の運転で胃の奥から何かが上がってくる感覚を覚えつつ『楽園もどき』に入る。

意外と小綺麗な玄関にお出迎えされた。

靴は明らかに心さんが脱いだであろうしっかりと整列しているのと、

ゆうくんが脱ぎ散らかした靴がある。

その他にもいくつか靴が置いてあった。

それらの靴を見ているのに気がついたのか

「楽園もどき、一応ゆうくんがつけてくれたんですよ」木林さんが語る。

「それぞれの世界に帰りたがる人もいるので、ね」

すこし寂しそうにそれ以上深くは語ってはくれなかった。

後ろでさっきまでぐったりとしていたゆうくんはいつのまにか元気になったのか、

どたどたと廊下を走っていきそれに続くかのように心さんと足を進める。


いくつか扉をスルーし、少し大きめなリビング?スペースにつく。

そこには似つかわしくないどっから持ってきたのかわからないような学校の机や

高級そうな大きいソファ、更には大きな机にそれぞれ人数に不釣り合いなバラバラな椅子が目に付く。

なんというか生々しい生活感がごちゃごちゃとしており、ここで暮らしているんだろうなと考えがつく。

それに割と大きめなテレビにゲームっぽいものもいくつか置いてあるように見える。

「スパフラしようぜスパフラ!」とゆうくんがワキワキと目を輝かせている。

しかし心さんは「流石に初日ですし、一回ゆったりしといたほうがいいでしょ?」とゆうくんにぽんと頭を叩く。

ゆうくんはちぇーっと言いながらソファにどかっとすわりテレビを付ける。

「水影くんもすこし休憩しててください。」

心さんはそう言い残すともと来た廊下に戻り先程スルーした部屋に入る。

とりあえずゆうくんの隣に腰を下ろしテレビは、うんあまり自分が居た世界との違いは感じないなと感じた

というのもゆうくんがテレビザッピングしている、のでなんとなく見てみる。

『◯✕氏、結婚を発表!』とか『見てくださいこのパン切り包丁!』とかそんな感じ。

大きな違いはないけれども細かいところがちがうというか。

以前遠くに旅行しに行ったときに見たローカルの番組が流れている、そんな感じ。

夕日くんはテレビに飽きたのかリモコンをぽいっと投げスマホで何かをしている。


「水影くん」と、そっと後ろから声をかけられ、少しびっくりとした。

「お部屋用意したので疲れたらもう勝手に入ってお休みになってくださいね」

ああ、部屋の用意をしてくれてたのか。

ここに来てからずいぶんと色々優しくしてもらって、すこし申し訳ない気持ちだ。

「ありがとうございます」ふとそんな言葉がすっと出て来てた。

心さんはいえいえーとつぶやきながらキッチンに立つ、この人料理もできるのか。

いやけどさっきハンバーガー食べたけどな……

「水影くん、なにか嫌いな食べ物とかあります?」

大体なものは多分一緒だと思うのですが、と心さんが付け足す。

「えー、飯ー?さっきハンバーガー食ったばっかだよー」

ゆうくんがスマホをいじりながら答える。

「あらら、そうなんですね、じゃあ今日は簡単なのにして明日はぱーっと送迎会でもしますか」と手をトンと叩く。

ゆうくんはその言葉にパッと反応し「えっ!パーティ!?やった!」とめっちゃ喜んでる。

「みかけ、しんにーのめしめっちゃうまいから覚悟しときな」なんだ覚悟って

「運転とは大違いだぜ。」それは覚悟がいるのかもしれない。


木林さんは一人でご飯を食べつつテレビをみておりニュース番組に固定化されてしまった。

ゆうくんはニュースには興味がないのか、スマホをいじっている。

「あぁ、そうだ」ニュースを見つつ木林さんが思い出したかのように言う。

「明日一応臨時で休みとったので水影くんの買い出しにも行きましょう」

「買い物?やったー!あそこいこあそこ!」ゆうくんがすごく喜んでいる、

運転をもまさるような場所があるのだろうか、と思ってしまう。

木林さんはフフッと笑いつつ「いいですよ、たまには遠出、とまでではないですがあそこなら大体なもの揃いますしね」と優しい笑顔が見えた。

『では次は明日の天気です』テレビからは明日の天気予報が流れる。

こっちの夏も暑いんだなとふむふむと見ていると『では全国のクジラ予報です』と聞き慣れない単語が出てきた。

「あのこのクジラ予報ってなに?」ゆうくんにちょんちょんとつつく。

「あーこれ?」画面をちらりと見ながら

「ソラクジラが陸近くまで来て日陰になっちゃうとかそういうのがあるんだよ、まあそうなると色々不都合があることもあるんだよね、しんにー」と話を振る。

「そうなんですよ」ご飯を食べ終わったのか片付けをしながら

「ソラクジラが近づくと雨が降ったりとか、天気がすごく悪くなったりとかするんですよ」なのであまり天気予報ってあてになんないんですよね、と続けた。

はえーそうなのか、不思議な存在だなあ、と思いつつテレビを見る。

テレビではニュースが終わりCMが入る

『天気がいい日にはクジラが見える◯◯でお食事!』と流れている。

そうか、これがここでは普通なのか。

わかる気もするが、やっぱりすこしわからない。


ご飯を食べ終え、洗い物も済ませたあと、木林さんに少し施設の案内をされた。

やはりここは昔、少し手狭な合宿場として使われていたらしく、

大浴場や個室がいくつかあったり、家とは違う、不思議な気分だ。

案内が済んだあと、しばらくリビングで各々時間を過ごしていた。

スマホを弄るゆうくん、パソコンで事務作業をする木林さん。

自分は冊子をふむふむと読むみながら、そんな時間を過ごしていた。

機械的な音が流れその後にすぐ『お風呂が湧きました』と機械的な声が響く。

「おっお風呂湧いたね」木林さんはハッと何かに気がついたかのように続ける

「ここあんま給湯設備よろしくないんで一回お湯を張るとちょっと厳しくて、大浴場で一緒に入るしかないんですけど……」少し申し訳なさそうだ。

別に他人と入るのは不快に思わない、むしろここに一人でいるよりかは誰かと一緒にいるほうが少しマシだろう。

それに暑い中歩いてきたのもあるし、

正直汗もダラダラで正直ササッと洗い流したい気持ちもある。

「大丈夫ですよ、入りましょう」というとやったー!とゆうくんが叫ぶ。

そんなに喜ぶことか?



かぽーん。

よくあるお風呂とかの擬音、実際あれってなんなのだろうか。

まあそんな事を考えつつも三人仲良くお風呂に入っている、

なんていうか初対面なのに家族みたいだ。

湯は少し熱く換気扇が回っている、掃除も行き届いていて小綺麗な浴場だ。

あっと木林さんは声を上げる「待ってください、水影さんの着替え出してなかったですね」とそそくさとお湯から

上がり体や髪を洗いそのまま出ていってしまった。

「しんにー、熱いの弱いのかわからないけど烏の行水だから大丈夫だよ」大丈夫なのだろうか…?

「ところでさ」ゆうくんは続けて話す「どう?楽園は慣れた?」

少しむむむと考えて「まだ、かな、流石に来てから数時間しか立ってないし」というとゆうくんはガハハと笑いながらそれもそうかと一人で納得していた。

「ここさ、色んな人が来たりしてたんだけどさ、俺は悪くないと思うぜ、この楽園もどき」

「しんにーも優しいし、悪くないから余計にさ」すこし重そうに語りを続ける。

「ところでさ、みかけちゃんは帰りたいと思う?」どうなんだろう、帰れるなら帰りたいがとも思う。

「けど帰れるか、わかんないんでしょう?」この返答でそう、それなんだよ!と言った眼差しで見つめてゆうくんは口を開いた。

「帰れるかわからないのにさ、その扉に掛けるのって、さすがに怖いよな」とうんうんと頷く。

けどさ、と口をつむぎながら「確実に帰れるかわからなくても」手で湯を弾きながら。

「それでもさ、帰りたいって思うの、おかしいかな」返答に迷う、静まり返った浴室では換気扇の音が聞こえる。

「水影さーん!」脱衣所の方から心さんの声が聞こえる、こっちに聞こえるように精一杯叫んでいるようだ。

「パジャマとか、一応だしといたんで!サイズ多分大丈夫だと思うので!置いときますね!」と叫ぶ。


「くはーっ!やっぱ風呂上がりにはこれだよな!」

ゆうくんは乳酸飲料みたいなものを一気に飲み干している。

あっそこは牛乳とかじゃないんだ、まあ似たようなものだし、いいか、とも思った。

木林さんから「水影くんもなにか飲みます?」と言われ牛乳が飲みたかったのでくださいと言ったらまるでバーのマスターかのように、スッと出してきた、気前がいいね。

ごくごくと飲む、こっちの世界でも飲み物とか食べ物とか違わなそうで良かった、少なくともこっちの牛乳も自分の好物だ。

「時間も時間ですし、歯磨いて寝るんですよー」と木林さんから声がかかる。

時計はもう10時を過ぎようとしている、そんなにゆったり浸かっていたのかだろうか。

はーいとゆうくんが元気よくシンクに向かう「水影くんも一応歯ブラシ用意してありますから」といってらっしゃいと手を振られた。


歯も磨き終えリビングに戻るとゆうくんは「眠いから寝るわーおやすみー」とパソコンで事務作業をしていた木林さんにぽつりと呟きそのまま廊下の方へ歩いていってしまい部屋に入ってしまった。

木林さんと自分の二人だけになって時計のカチコチという音だけが流れる静粛を感じた。

こちらを見つめなにかに気がついたように語る「そういえばどこで寝ればいいかって教えてなかったですね」

いやーごめんごめん、と席から立ち上がり「こっちです、ついてきてください」とスタスタと歩いていくのでついていく。

先程ゆうくんが入った部屋の隣に案内された、布団が敷いてある和室だ。

部屋の中は以前誰かがいたのだろうか?楽器やら機械やらが端っこの方においてある。

「ごめんなさいね、片付けとか全然間に合ってなくて」と申し訳なさそうに語る。

「何かあったら、しばらくリビング居ますので、遠慮しないでくださいね」と言ってから少し間をおいて。

「明日は必要なもの、一緒に買いに行きましょうね」

おやすみなさい、と小さく手を降ってリビングへと戻っていった。



やることも特にないし、電気を消しもぞもぞと布団に潜り込む、遠くの方からまた低いサイレンのような音が聞こえてくる、これもじきに慣れるのだろうか……?

布団から顔を出し先住民が残していったものを見る、ギターや何かしらの機械、技術書や漫画、それぞれ全部違う趣味だろうなと思うものが多く残されていた。

これを残していった人はどうしたのだろうか?

この『楽園もどき』から出ていった?それとも扉に入って行ったのか?

そんな疑問だけが、ここには誰かが居たということを。

置きざりにされたモノたちから語っている。

天井を見上げる。

ところで浴室で言っていたゆうくんの発言はなんなのだろうと少し考える。

『それでもさ、帰りたいって思うの、おかしいかな』

彼もまた帰りたいと願う一人なのだろうか。

それじゃあ自分は?

まだ何も現実的ではない、とはいえそういう気持ちもあるような、ないような。

帰りたい理由も、帰りたくない理由もそれぞれが自分の中で存在しているのだ。

けどこの『楽園もどき』はゆうくんが言う通りに居心地がいい。

少なくとも元の世界に帰ってもまた一人になってしまうだろう。


そんなことを考えつつ目をつぶった。

遠くからまた低いサイレンのような音が聞こえてきた。

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