異世界転移対応課

少し奥まった、分かりづらい場所にその『異世界転移対応課』があった。

こっちの世界じゃありえない部署だが、ここ当たり前のように存在していた。

その看板を掲げた課では何人かの職員さんが電話やら相談やらをしている。

「よー、しんにー!」ゆうくんが大きな声を張りこれでもかと手を振る、少し恥ずかしくて視線をそらした。

遠くの方で書類仕事?をしていた男の人がこちらに歩いてきてゆうくんの頭をパシッと叩く

「夕日くん、ここ職場ですよ、ちょっとは弁えて」メガネをクイッとかけ直す「そちらの方は?」

ゆうくんは頭をスリスリしながら返事をする「違うよ、こいつ『迷子』みたいだよ」

その男の人はあーと言う顔をして一旦近くの機械から待合番号を取ってるようだ。

戻ってくると「少し不安だろうけどちょっとお待ち下さい」と番号を渡してきた。


「はじめまして『異世界転移対応課』の木林心と申します」職員さんはどうやら木林さんというらしい。

「しんにーでいいよな」隣に座っているゆうくんがケタケタと笑っている。

「職場ですので…」木林さんはギロリと睨みつけると一瞬でゆうくんがシュンとなったように見えた。

ゆうくんとは仲が良いのだろうか?『心兄』とのことだし兄弟とか?

いやそれにしてはまあまあ年齢離れているしすごく似ているとは言えないよな。


とか思っていると先程の口調のまま、事務的に口を開く。

「まず、お名前と年齢を聞いてもいいですか?」取り調べのような口調で静かに。

「水影翔です、こっちの暦、でしたっけ?それではわからないんですけど17歳です」

「おっ俺とタメじゃん、なんだ厨房かと思ったよ」ゆうくんはホント軽口が過ぎるなと思いつつ「うるさいよ」

……と言う前に木林さんが「橘くんは静かに」とジロリと睨む、またシュンとしてる。

こほんと咳払いをし続ける「水影、翔さんですね?この世界にはいつ頃つかれたのですか?」

いつ頃、といえばいいのだろうか?ここまで来るのになんだかんだ1時間近くはかかってるから……

「今日の、何時ぐらいだろ?」隣から「11時ぐらいにはなんか居たぜ!」

そんなもんなのか、確かに家は朝頃出て…となると時間は元の世界とそこまで変わっていないのだろう。

「発見まで短い時間でよかった、たまに転移してきたことを理解せず何日も過ごす方もいらっしゃいますので」

たしかにそれはそうだ、たまたまソラクジラなるものが目の前に居たのだから違和感にすぐに気付けたのだ。

もし内陸部とか山の上とかだったらそうも行かないだろう。


「この世界は、大半の点において、皆様がいらっしゃった世界と大きな違いはありません」木林さんは淡々とした口調で。

「……本当にですか?」先程見た大きなクジラを思い出す。

「だいたい一緒ってぐらい、だいたいねー」椅子をカタカタしながら話を遮る。

「専門家の中には貴方方が来た場所のことを『並行世界』と呼ぶ方もおりますが、日常生活に関しては、ほぼ同一と考えていただいて差し支えないかと」

貴方方、ということはやはりゆうくんも自分と違う世界から来た同じ人間なんだ、と確信を得れた。

さっきお金を見せたとき物珍しそうに見ていたのだし合点がいく。

「もっとも、違うといえばそうですね、あのクジラが珍しいとおっしゃる方もいらっしゃいますね、まあ特になにか危害を加えてくる等はないのでご安心ください」

たしかにソラクジラなんて概念元いたところには少なくともなかった。

少なくとも海に泳いでいるクジラしか自分は知らない。

「まーあの影とか最初見たときめっちゃビビったけどな」ケラケラと笑ってる、いつも笑顔が絶えない子だ。

少し間をおいて折れたかのように「……そういう事例もございます。」と木林さんも呟く。

一枚、冊子を机の下から取り出すとパラパラとページを捲りそれを元に説明を続ける。

「『転移者』の方々は複数人まとまって暮らしていただくという規則がございます」

「それはなんでですか?」

「別の世界からきたという過去にちょっと問題がありまして」と少しあやふやに説明をされた。

まあ確かに、珍しい人が居たら人がたかってそれで何かしらをしようとする人は出るだろう。

「まあ一人で居たいという方もいらっしゃいますので従わないと罰則があるわけではありませんが」

「それに先程17歳とおっしゃっていましたし、夕日くんと同じ管理された場で生活するのが一番かと」

ゆうくんをちらりと見るとピースしてる、もしかして同じところで暮らせというのだろうか。

「意外と悪いところちゃうで、ただ、楽園にはなんない、あくまでも楽園もどきよ。」と耳打ちしてくる。

同じところで暮らす、ということになるのだろうか、ゆうくんと馬がうまく合うのだろうか。


「あぁ」となにかを思い出したかのように「それと入ってきたときに扉を通ったと思うのですが」と説明を続ける。

「あの扉は、以前から所々に出現したり消えたりしており、こちらの世界の研究機関でも詳細は掴めていません」

それじゃあまたあの海岸に行っても確実に『ある』わけではないのか、じゃあ帰るの難しいな…。

そんな事を考えていると「それと」と残念そうな口調で木林さんは口を開く。

「残念なお知らせになりますが、もしこの世界に発生した扉を通過しても、確実に元の世界へ戻れると確認された事例はありません」

思わず息を呑む、つまりは帰れないということだろうか。

「扉は本世界においても未解明の現象でして、出現条件や移動原理については、現在の科学的知見では説明できておりません」

「そのため扉の性質上、未知の存在になるため理論上は可能性が完全にゼロ、というわけではありませんが」

さっきまで暇そうに椅子をガタガタと揺らしていたゆうくんが、急に静かになった。

「腹減った!」と呟いて外に飛び出していってしまった。

「…となりまして簡単ですが説明は以上となります、細かいルールにつきましてはこちらの冊子を御覧ください」

と先ほど出された冊子をそのまま手渡してきた。


割と長い時間話してたな、時計を見るともう16時近くだ。

冊子をペラペラとめくるとこの世界での法律(の簡単な解説)とか色々書いてある。

後ろの方には地図が貼ってある、これが先程言っていた『楽園もどき』だろうか?

その下に丁寧な文字で『管理人:木林心』と書いてある。

「あれ?この木林って」面を上げると木林さんはすこし照れくさそうしながら「そうなんです、じつは管理人は私がやっておりまして」

メガネをくいっと掛け直し「これからよろしくお願い致しますね、水影さん」



木林さんはまだ仕事があるのとゆうくんがお腹へったとのことで二人で役所近くのハンバーガー店に入りすこし話すことに。

「かけちゃんは怖くないの?」ポテトを摘みながら指揮棒のようにフリフリする。

「知ってるようで知らない場所、知ってるようで知らない世界、俺最初すっげービビりまくったぜ。」

よくわからない炭酸飲料を飲みながら「怖いけど、なんかまだわかんない」甘ったるい味が口の中を支配する。

まだ『ここが異世界である』という実感は湧いていない、炭酸は甘く、店内は少し騒がしく。

けどそれは本来のものではない、といった少し胸に刺さるような感覚。

「なんだそりゃ、もっとビビれよーおらー」とポテトで小突いてくる、油つくからやめろ。

ポテトを振り払いながら先ほどもらった冊子を軽く開いてみる。

ある程度子供でもわかりやすくだろうか、色々なところが優しい文章で書かれてルビも振られており時よりマスコットキャラクターみたいなのも目に入る。

ペラペラとめくるとその中で『自分が転移者であることを明かしてはいけない!』と書いてあった。

これは先程も木林さんが言っていた『大きな問題』が要因なんだろう。

「ねーゆうくん」ポテトをまだぐりぐりしようとしてくる、やめてくれ。

「どうしたのかけちゃん」先程の明かしてはいけないのところを指さし「これってなんでか知ってる?」と聞く。

「あーあれな、なんか外国だかなんだかで転移者だからって理由で見世物にされたことあるんだってさ」

更に続ける「まあこっちの日本でもわりと変な目で見てくるやつもいるから気軽に言わないほうがいいぜ」

たしかに自分の世界に異なる常識を語る人が居たらそういう扱いしてくるのだろう。

色々気をつけないとな……と思いつつハンバーグを頬張る、味はいつものチェーン店と変わらなく安心した。


しばらくハンバーガー屋に居座っているとゆうくんのポッケからポコンと通知音が、よかった、こっちの世界でもスマホやらネットやらがあるんだ。

じとーっと眺めつつ「しんにーが仕事終わったってさ、車で送るからこっち来いってさ」ゆうくんのスマホがちらっと見えたが割とボロボロだ、だろうなという気持ちがちょっと芽生えた。

トレーに乗ったゴミを捨て、そのまま先程のPTのように後ろをついて歩く。

役所まで戻ると少し小さめな車の前で木林さんが立っていた。

ゆうくんはそれに気がついて手をブンブン振りながら走り出していってしまった、犬か。

「つかれたーってかおつかれー」気だるそうに返答する、さっきまでの威圧感はどこにやら、普通に優しい口調のお兄さんだ。

「ってか橘くんさーさすがにしんにー呼びは職場でやめてくれよ」あーこれがオフってやつか、

「すごくクスクス笑われて気まずかったよあのあと……」「悪い悪い」全然悪がってなさそうだ。

「水影くんもおつかれ、色々不安だったでしょ?まあ、とりあえず車乗って」

言われるがままに車の後ろの席に乗り込もうとすると、また大きな地響きみたいな音。

ふと空を見上げると割と先ほどより、ずっと近くに、それは重く存在していた。

「おー今日はだいぶ近くまで来てるね、明日洗濯物大丈夫かな」と心さんが少し心配そうに呟く。

「まあまあ、とりあえず車乗って乗って」ゆうくんは扉を開きつつの乗り込み手招きしている。

横に乗り込んだときこっそりと「しんにー、運転クッソ荒いから覚悟しとき」と耳打ちされた。

「じゃあ行くよー」エンジンがかかる音とともに急アクセルをカマした。


暫く走ると商業街、住宅街を横目に山の中に入りちょっと行ったところにその建物はあった。

廃墟、とまでは行かないものの昔から使われていそうな合宿場、といった具合だろうか?

車から降り、案内とともについていくと一枚の扉が、とはいえあの時見た扉とは違うが……

ただ窓の部分には『楽園もどき』とそんなふうになぐり書きされている紙が貼ってある。

先程の運転に比べれば少なくともここはもどきではなく完全に楽園であることは確かだ。

せいぜい10分も乗ってないだろうに走馬灯を三回ぐらい見たし。

「ようこそ楽園もどきへ!」木林さんは快くはっちゃけたかのようにお出迎えをしてくれる。

ゆうくんは少し気分が悪そうに「しんにー、常時あれだから、今後乗るとき覚悟決めとけ」と話す。

そんなゆうくんは生気を感じられないような、どこか目の焦点があってないようにも感じた。

それもあの運転を経験すればそうかと、妙に納得してしまった。

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