空飛ぶクジラは今日も泳ぐ

やよゆ

空飛ぶクジラは今日も泳ぐ

いつも深く、これでもかというぐらい青く、清々しい夏空、そこから何かが鳴った。

使い潰されたサイレンのような、低くぐもった鳴き声のような遠くから大きな音が海から反響してくる。

振り返ると、雲の下を、 巨大な影が泳ぐように動いていた。

『クジラ』だ、そう思ったのは、それ以外に呼びようがなかったからだ。


「なんだよ、あれ……」そんなクジラが目の前の空を大きく泳いでいる。

言ってる意味がわからないだろうが自分でも理解できていない。

「今日もあいつは優雅に泳いでいるねー」隣で同じぐらいの背丈をした半袖のシャツを着た少年は呟く。



……

学校も夢の夏休みに入った。

勉強しなきゃなあとは思うが一切手がつかず、あと半月もすればまたいやいやながらも学校に通うことになる。

自分は都心部から少し外れた、海の近くに住んでいる。

都心部の小洒落た場所より、海のほうが落ち着く。

なので暑い日でも、ひーこら三十分くらい自転車をこいで、釣りをしたり泳いだりしていた。


今日もいつも通り暇つぶしに泳ぎにきたのだが、ビーチの真ん中には見慣れない不思議な扉を見つけた。

「なんだこれ?」当然湧く疑問だ、どこでもドアとかそういう類なんだろうか?

いやいや現実路線を考えて誰かが不法投棄でもしたのだろう。

あまりここは人が来るような海でもないので無理もない。

とはいえこんな真ん中に鎮座させるのは流石にちょっと捨てた人は度胸ありすぎではないだろうか?

もっと端っこに捨てるとかそういう事考えてもいいんじゃないかな?


ビーチに鎮座するドアはどこでもドアのようにフレームとドアがあり、そのドアは白くペンキで塗られている、真ん中にはすりガラスがあり向こう側の海がほんのりと写っている。

好奇心もまじまじと一周して見たあとありきとりあえずドアを触ってみる。

木だ、そりゃそうか、ドアだもん。

ノブの部分は少し昔の扉の形状っぽく、丸く、真ん中に鍵を入れるタイプだ。

「で、結局何なんだこれ」やはり不法投棄だろうか?世の中には悪い大人もいるものだ。

ノブを捻る、カチャリと音がなりドアが開く、そこに映る世界は同じ海だった。

「結局ゴミだろうな」そう言いつつもその扉を通った。


通ったとてなにかが変わるわけではなく、普通のいつもの海だ。

「はえーめずらしいねーこんなとこに人いるの」ふと後ろから大きな声をかけられてビクッとなってしまった。

「そっすねー珍しい、ここよく来るんで、す……」振り返りながら返答しようとして一瞬フリーズしてしまった。

さっき通ったはずの扉がないのだ。

つい寸前まではそこにあったものがなくなっている、しかも後ろの町並みが少し違う。

いや違うと言ってもそんなにじっくりと町並みを観察していた訳では無いが違和感を感じる。

あの建物は、あんな形だっただろうか、屋根の色も、どこか違う気がする。

ただ、どれもはっきりとは言えない。


「どったー?固まっちゃって、お前さん海来たんじゃねーの?」少年はそのまま海にスタコラと歩いていってく。

「あの」少し緊張する、期待とかもあるだろう、続けて口を開く「ここってどこですか?」

「どこって、どこかさわからんくてきたんか?」相手は不思議そうな顔をしながらこちらを見てくる。

「ここは◯◯っていう海だよ」知っていた名前が出てきた。

どうやらテレポートとかいうそういったものではないらしい「熱で頭でもやられたか?水あるから飲んどけ」

その言葉とともに少年の方から水を投げつけられる。

まだ少しひんやりと冷たい、近くの自販機で買ったのだろうか?


「さっきここに扉ありませんでした?」そうだ、扉を通ってきたのだからそこにいる少年だって扉を見ているはず。

「あっお前も、もしかして『迷子』か」迷子?何かがおかしい。

そうだたまたまなにか扉っぽいものが見えていただけなのかもしれない、周囲の家々も単純に勘違いな可能性もある(いつも深く見てるわけではないので)そんなことを思いつつ。

そんな思考すらかき消すような大きな音が。

背中の海から使い潰されたサイレンのような、低くぐもった鳴き声のような遠くから大きな音が海から反響してくる。


ふと後ろを振り返るとそこにはどこからか出てきた大きく揺らぐ『クジラ』が居た。

「なんだよ、あれ」「今日もあいつは優雅に泳いでいるねー」」少年は何も不思議がらずにいつもそこに泳いでいたかのように話す。

これも熱中症の症状なのだろうか、わけがわからない。

海の上を泳ぐクジラって、一体なんなんだ。

「まーお前もびっくりするよなこれ」大きなクジラ?指を指しながら語る

「俺もびっくりしたよあれ」俺も?言葉に引っかかりを感じる。

「あのちょっとどういう意味?」

間髪入れずに少年は「まあまあ、色々あるだろうけどとりあえずついてきなよ」と手をちょいちょいとする。

「海に入りたかったけどしゃーねーか」とぼやっとつぶやきながらも来た道を戻っていく

「おらーはよこい、置いてくぞ」少し行ったところでぼーっとくじらを眺めていた自分に大声で声をかけられた。


海から続く長い坂は、変わらないように見えた、ただ、建物がやはり違う。

はっきりとは言えないが、違和感がある、日陰もない坂道を歩いていくのは暑い……。

「どうよ、初異世界は」少年は言う、『異世界』そんな言葉が、少し遅れて脳に入ってくる。

「とはいっても剣も魔法も何もないただの異世界だけどなー」ケタケタと笑う。

たしかに『異世界』と聞いて、もっとファンタジーなものを想像していた自分がいたのは確かだ。

剣とか魔法とか、最近、そういうアニメも多いし。

「ここって異世界なんですか?」恐る恐る口を開く。

「んー少なくともにーちゃんのあの感じじゃ、少なくともあのソラクジラは見たことないだろ?」

ソラクジラ、さっきの空を飛んでいたクジラだろうか?

「まあじきに慣れるよ、ちょっと帰るのは大変かもしれないけど」


坂道を登りながらこっちをちらりと覗き「ところでお前さん、名前は?」と訪ねてきた。

「あっ、こういうときはまずは自分からだよな」失敬失敬と言った具合で続ける。

「橘夕日、ゆうでいいぜ、でお前は?」

橘夕日。

第一村人ならぬ第一異世界人。

それに敵意もないし日本語も通じる、むしろ親しみを込めているかのように感じる。

「水影翔です。」と自己紹介、いつも思うのだがなんか素早い忍者にでもなってほしかったんだろうか?

あとなんかサッカーしてそうとかよく言われるからあまり好きではない。

夕日くんはケタケタと笑いながら「んじゃーかけちゃんだ」と早速ニックネーム付けをしてきた。

こいつ、陽の民だな、そんなふうにも思いつつもまだこの違和感だらけの世界に馴染めずにいる自分。


そういえば夕日くんには一体どこに連れてかれるのだろうか?

「夕日くん、どこに向かってるの?」 

夕日くんはムスッとした口調で話しつつ前を先導する「ゆうでいいって」

夕日って名前あまり好きではないのかな?自分も同じだからわからなくはない「ごめん、じゃあゆうくん」

ゆうくんは少しんーと悩みつつ返答を返した

「なんていうかな、迷子案内センター、みたいな?」当の本人も疑問符だ。

なにか説明しづらいような場所に連れて行かれるのか、悪いことに巻き込まれないといいけど……。

あついなーと夏空のもとに歩きながら説明をする

「ここの世界、定期的におめーさんみたいな迷子が訪れるんだってさ」

「つまるところそれらの総合案内所みたいなところ」

なんていうかすごくわかりやすいようなわからないような……。


そんなこんなで近くの駅に着いた『電車』という概念は、変わらずあるらしい。

自分のいた世界と、同じ場所に、同じ駅名で立っていた、次の電車は、もうすぐ来るそうだ。

ちなみに同じように『車』も走っていたし『電柱』だってそこら中に立っていた、違和感があるのはあの『クジラ』だけだ。

「そういえばかけちゃん、お金持ってる?」

ああ、そういえば、一応家出るとき後でアイスでも買おうと思ってたので千円札をポケットに忍ばせていた

「一応持ってるけど…」それじゃあ一応見せ……た瞬間にひょいと取り上げられる。

「あー、これは使えないわ」と物珍しそうな目をしながらお札を観察している。

「ほらこっちの世界のお金」自分が知らない人が書いてある千円札だ。

しかもしっかり「日本銀行」と書いてあった。

一応こっちも日本ではあるのか、としみじみと思いつつも先程取り上げられた千円札を押し返される。

「まあそいつはたまに思い返すときみるといいんじゃないかな?」その後、何かをぼそりと呟く。

「おっ電車来た、これぐらいは奢ってやるよ」手を引っ張られるかのように駅に入っていく。

少なくともお金に関しては安心した。


電車の中は、がらんとしていた。

とはいえ、まったく人がいないわけでもない、観光客がちらほらといる、といったところだろうか?

バラバラにすわるのはちょっと心乏しいのでとりあえずゆうくんの横に座る。

「俺もうまく説明できないけど、ここの世界はあのソラクジラっていうクジラが空を飛んでいるぐらいだよ」

空を海のように泳ぐソラクジラ、異様な存在だ。

あんなに大きさの物質が空を泳ぐかのように飛んでいるのだ。

少なくとも自分が知っている世界では決してありえない光景だ。

「そのソラクジラっていっぱいいるんですか?」素朴な疑問を投げかける。

ゆうくんは窓からそのソラクジラを眺めながら語る「いるらしいぜ、陸の近くの空を飛んでるんだとさ」

その後も、いろいろ教えてもらった。

ソラクジラは空気を食べてるとか。

実体はないけど、触ると怒るらしいとか。

ゆっくり泳ぐから、天気予報みたいにクジラ予報があるとか。

……どこまでが本当なのだろうか。

「そうそう、かけちゃん、この世界は異世界であれど大体は元々の場所と同じって思ってて大丈夫」

そういえばそうだ、先程乗った駅の名前だって自分が居た世界と同じ名前だった。

それにさっき見たお札に書かれているようにここは一応日本でもあるらしい。

となるとこの電車に乗っているお客さんは旅行帰りとかだろうか?

「まっ俺、法律とかルールとかあんましんねーけどな」ガッハッハと笑う、ちょっとまてさすがに怖くない……?


電車を乗り継ぎ、自分も知っている地方のターミナル駅みたいなところについた。

駅構内自体も構造こそは結構違うがよくありそうな形をしているし駅名なんてそのままだ。

ターミナル駅ということもあるのだろう、人の往来が多く、ときどき外国人の観光客も見える。

日本語の他にも他の国の言葉も聞こえる、なんていうんだろう、少し安心するけどやっぱ違和感はある。

違和感を除けば、元いた世界と同じだ。

「人多いから迷子になんなよ」とテケテケと先を歩いていかれる。

少し遅れつつも人波を躱しつつついて歩く。

なんだか後ろについてくるPTメンバーだな、自分……。


駅から少し歩いたところにある役場にまで連れてかれてた、昔ながらある感じの古い建屋だ。

「ここの中にその迷子センターみたいなのあるから」とゆうくんはじゃっ!みたいに手を上げ去ろうとする。

えっちょっとまって置いてかないで、流石に一人は怖いな、そう思いつつ「ゆうくんは来ないの?」と聞く。

一瞬うーんと悩みつつも「別に行ってもいいんだけどしんにーがなぁ」とボソリ呟く。

覚悟を決めたかのようにこちらに向き合い「わかったよ付き合ったるわ」と頭をかく。

よかったPT離散という流れにはならなかった!


役場の中は元いた世界と同じように色々な窓口があるようだ。

その中でも電話の音や事務的な話、相談事などがバーっと広がる。

館内の地図をゆうくんと一緒に見ると住民課やら、税務課など元の世界と変わらないワードが連なっている。

……が一箇所、少し分かりづらい場所に『異世界転移対応課』という不思議なワードを見つけた。


どうやらこの世界では、『それ』は普通らしい。

外から、低く鈍いサイレンのような音が、また聞こえてくる。

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