第18話:沈黙の首都、言論封鎖を破れ

 早朝の京葉道路。

 普段なら通勤車両で渋滞するはずの大動脈は、不気味なほど静まり返っていた。

 アスファルトの上には、乗り捨てられた数台の車と、風に舞うゴミだけが転がっている。


 私たちの車列は、江戸川の手前で停止した。

 川の向こう岸、朝霧に煙る彼方には、東京のスカイツリーや高層ビル群が蜃気楼のように浮かび上がっている。

 かつて私が暮らし、夢を追い、そして絶望した街。

 そこは今、巨大な「檻」と化していた。


「……ひでえもんだな」

 助手席で双眼鏡を覗いていた父・剛(ごう)が、低く唸った。

「橋という橋が封鎖されてやがる。それに、電波も死んでるぞ」


 父の言う通りだった。

 私のタブレット端末は、県境を越えたあたりから「圏外」の表示のまま動かない。

 晴天同盟の葛原(くずはら)が、無線で報告を入れてきた。


『東京全域に強力なジャミング(電波妨害)がかけられている。ネットも携帯も使えん。……錦川の野郎、首都圏の三千万人を完全に外界から遮断しやがった』


 情報封鎖。

 独裁者が最も好む手口だ。

 外部からの情報を遮断し、政府に都合の良い大本営発表だけを垂れ流す。今頃、東京の市民たちは「凶悪なテロリスト集団が首都に迫っている」というニュースだけを聞かされ、恐怖に震えていることだろう。


「……聞こえないなら、直接届けるまでよ」

 私は膝の上の原稿を握りしめた。

 この作戦のために、一晩かけて書き上げた声明文。

 電子の網が閉じられているなら、物理的に声を届けるしかない。


「総員、作戦開始! 江戸川を渡るぞ!」


          *


 私たちの車列が目指したのは、市川橋だ。

 千葉と東京を繋ぐ要衝。

 橋の袂(たもと)には、予想通り自衛隊の戦車部隊と、機動隊のバリケードが幾重にも築かれていた。

 さらに、橋の中央にはプラスチック爆弾らしきものが設置されているのが見える。


『止まれ! これ以上近づけば、橋を爆破する!』


 スピーカーからの警告。

 彼らは本気だ。テロリストの侵入を防ぐためなら、インフラごと破壊することも厭わない。


「……橋を落とされたら、渡河に時間がかかる」

 瑛司(えいじ)が呟いた。彼の顔色は青白いが、その瞳は燃えている。

「お嬢。俺が先陣を切ります。爆破される前に、起爆装置を潰す」

「待って。それじゃあなたの負担が大きすぎるわ」


 私は首を振った。

 彼の「燃料」は残り少ない。ここ一番という時まで温存させなければならない。


「葛原さん! 例の『武器』の準備は?」

『ああ、いつでもいける』


 晴天同盟のトラックの荷台から、奇妙な装置が姿を現した。

 それは巨大なパラボラアンテナと、数台のスピーカーを組み合わせた、手製の音響兵器だった。

 かつて彼らが街宣活動で使っていたものを、軍事用に改造した代物だ。


「よし。……まずは挨拶代わりに、私の『声』をぶち込んでやるわ」


 私はマイクを握った。

 葛原がスイッチを入れると、アンテナが唸りを上げ、指向性の音波を橋の向こう側へと発射した。


『――東京都民の皆さん! 聞こえますか!』


 私の声は、増幅され、衝撃波となって川を越えた。

 バリケードの兵士たちが耳を押さえてうずくまるほどの音圧。

 それはビル街に反響し、静まり返っていた東京の朝を叩き起こした。


『私は辰田紗矢! あなたたちが恐れているテロリストの親玉です!』


 挑発的な名乗り。

 橋の向こうのマンションの窓が、次々と開くのが見えた。何事かと覗き込む市民たち。


『政府は私たちを怪物だと言いました。……ええ、そうかもしれません。でも、本当の怪物はどこにいるのか、その目で確かめてください!』


 私は瑛司の肩を叩いた。

「行って、瑛司! 今よ!」


 瑛司がトラックから飛び出し、走りながらシャツを脱ぎ捨てた。

 朝日に輝く白銀の髪。そして、背中の雄鹿。


「――獣神化(ビースト・モード)ッ!」


 光の奔流と共に、巨大な鹿が現れた。

 その姿は、以前よりもさらに神々しく、透き通るような美しさを帯びていた。命を削り、霊的な存在へと近づいた証だ。

 瑛司(巨鹿)は、爆破装置が設置された橋の中央へ向かって跳躍した。


『撃てェッ! 爆破だ、スイッチを押せ!』

 指揮官が叫ぶ。

 だが、私の「声」による音響攻撃で、起爆担当の兵士が平衡感覚を失い、スイッチを押す手が遅れた。


 その一瞬の隙に、瑛司が着地した。

 ドォォンッ!

 着地の衝撃波で、設置された爆弾がケーブルごと吹き飛ぶ。


『グオォォォォォォッ!!』


 橋の上で、瑛司が咆哮した。

 その鳴き声は、空気を震わせ、川面を波立たせた。

 対岸の市民たちは見たはずだ。

 ニュースで言われていたような「醜悪な生物兵器」ではなく、まるで神の使いのような、美しくも哀しい光の巨獣を。


「総員、突撃ィィッ!」

 父・剛がトラックの窓から身を乗り出し、ドスを振りかざして叫んだ。

 辰田組の車列が、エンジンを唸らせて橋へと雪崩れ込む。


「させるかァッ!」

 自衛隊の戦車が砲塔を旋回させる。

 だが、遅い。

 瑛司が角を振り上げ、戦車の砲身を強引に捻じ曲げた。


「お嬢、乗ってください!」

 瑛司が身を低くする。私は走りながらその背中に飛び乗った。

 背中から伝わる彼の鼓動は、早鐘のように激しかった。無理をしている。


「一気に抜けるわよ! 市街地に入れば、こちらのもの!」


 私は弓を構え、行く手を阻む機動隊の装甲車に狙いを定めた。

 殺さない。動力を断つだけ。

 光の矢がタイヤとエンジンルームを貫き、装甲車を沈黙させていく。


          *


 橋を突破し、私たちはついに東京都内へと侵入した。

 江戸川区の市街地。

 道路は無人だが、歩道や建物の窓からは、多くの市民が私たちを見つめていた。

 恐怖の眼差し。好奇の眼差し。


 私は瑛司の背中から、市民たちに向けて叫び続けた。


「見てください! これが政府が隠していた『力』です! 彼らはこの力を軍事利用するために、多くの国民を犠牲にしました! 私たちはそれを止めるために来ました!」


 晴天同盟のトラックが後続し、荷台から大量のビラを撒き散らした。

 そこには、第四プラントの惨状写真と、錦川政権の告発文が印刷されている。

 アナログな紙吹雪が、東京の空を舞う。

 市民の一人が、舞い落ちたビラを拾い上げ、読みふける姿が見えた。


「……反応が変わったな」

 並走するトラックの父が言った。

「みんな、スマホが使えねえから情報に飢えてやがる。……俺たちの姿と、このビラ。どっちが真実か、自分の目で判断し始めてるぜ」


 そう。ここからが本当の勝負だ。

 私たちは「テロリスト」という汚名を、行動で塗り替えていくしかない。


 だが、政府も黙ってはいない。

 上空から、不気味な黒い影が降下してきた。

 輸送ヘリからロープで降り立つ、黒い強化外骨格の兵士たち。

 タイプⅡ部隊。

 市街地戦を想定した、錦川の私兵たちだ。


「ここから先は通さん」

 交差点の真ん中に着地したタイプⅡの隊長機が、機械音声で告げた。

 彼らは市民の存在などお構いなしに、ロケットランチャーを構えた。


「……ここで撃ち合えば、周りのマンションに被害が出る」

 私が躊躇した瞬間、瑛司が動いた。


『お嬢、しっかり掴まっててください!』


 瑛司は垂直に跳躍した。

 ビルの壁面を蹴り、屋上へと駆け上がる。

 地上での戦闘を避け、戦場を空(屋上)へと移したのだ。


「追え! 逃がすな!」

 タイプⅡたちがワイヤーを射出し、果敢に壁を登ってくる。

 ビルの屋上を舞台にした、高速立体機動戦。


「父さんたちは地上を! 私たちは空で奴らを引きつける!」

 私が無線で叫ぶと、父の了解の声が返ってきた。

 これで、地上の車列は前に進める。


 瑛司は屋上の貯水タンクを蹴り飛ばし、追っ手にぶつける。

 私は振り返りざまに矢を放ち、空中にいる敵のワイヤーを切断する。

 落下していくタイプⅡたち。


 風が強い。

 眼下には、見慣れた東京の街並みが広がっている。

 かつて出版社に通った道。取材で歩いた路地。

 そのすべてが今、戦場になっている。


「……行くぞ、瑛司。皇居前までノンストップよ!」

『御意!』


 光の鹿が、コンクリートジャングルを駆け抜ける。

 その輝きは、曇天の東京に差し込んだ一筋の雷光のようだった。

 目指すは国会議事堂、そしてその地下に眠る「神殿」。

 最終決戦のゴングは、すでに鳴り響いていた。


(第18話 完)

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