第10話:反撃の作戦会議
電波塔施設の制圧から一夜が明けた。
日昇(にっしょう)県の空は、皮肉なほどに澄み渡った快晴だった。
私たちが拠点(ベース)とした旧国立電波塔施設は、一夜にして「革命の砦」へと様変わりしていた。
入り口には辰田(たつた)組の代紋と晴天同盟の赤旗が並んで掲げられ、武装した男たちがバリケードを築いている。
施設内の食堂では、ヤクザと活動家が入り乱れて朝食(自衛隊から奪ったレーション)を貪り、昨夜の戦果を自慢し合っていた。
「見たかよ、あのお嬢の矢! ヘリを一発で落としやがった!」
「ああ。俺たちの『総括』よりよっぽど説得力がある暴力だ」
かつては殺し合い寸前だった彼らの間に、奇妙な連帯感が生まれつつある。
共通の敵を倒し、死線をくぐり抜けた事実が、イデオロギーの壁を溶かし始めていたのだ。
*
私は、施設の一角に設けられた医務室にいた。
そこには、昨夜の戦闘で負傷した数名の仲間たちが横たわっていた。
銃撃を受けた者、瓦礫の下敷きになって骨折した者。そして、無理やり身体能力を引き出した反動で衰弱している者。
「……お嬢、すまねえ。俺がドジ踏んだせいで」
右足を撃たれ、包帯を巻かれた若い組員が、痛みに顔を歪めながら謝罪する。
私は首を振った。
「謝らないで。あなたたちが体を張って道を切り開いてくれたから、私たちは勝てたのよ」
私は彼のベッドの脇に椅子を引き寄せ、深呼吸をした。
昨夜の戦いで感覚的に理解したことがある。
私の背中にある「救世観音」の力は、破壊のためだけにあるのではない。
観音菩薩の本質は「慈悲」と「救済」。
ならば、傷ついた者を癒やすこともできるはずだ。
「……じっとしててね。少し、熱くなるかもしれないけど」
私は上着を脱ぎ、キャミソール姿になった。
背中を露わにする。
意識を集中させると、背中の刺青がドクン、と鼓動を打った。
熱い血液のような奔流が体内を駆け巡る。
(私に力を。……彼らの痛みを、私が肩代わりする力を)
私は右手をかざし、組員の傷口に触れた。
カァァァッ……。
掌(てのひら)から黄金色の柔らかな光が溢れ出す。
それはレーザーのような攻撃的な光ではなく、陽だまりのような暖かさを持っていた。
「う、おお……!?」
組員が目を見開く。「痛みが……引いていく……?」
光の粒子が傷口に浸透し、裂けた筋肉や血管を細胞レベルで繋ぎ合わせていく。
見る見るうちに傷が塞がり、赤みが引いていく。
それと同時に、私の背中には焼き鏝(ごて)を当てられたような鈍い痛みが走った。
他者の痛みを、我が身で引き受ける「代受苦(だいじゅく)」。
それが、この治癒能力の正体なのかもしれない。
「すごい……! お嬢、足が動くぞ!」
組員が起き上がり、信じられないという顔で自分の足を叩いた。
周りで見ていた他の負傷者や、晴天同盟の医師団からもどよめきが起こる。
「奇跡だ……」
「現代医学を超えている。これが古代文明の力か」
私は額に浮いた汗を拭い、微笑んだ。
身体的な疲労はあるが、生命力を削られている感覚はない。私の役割は、あくまで力の「媒介」なのだ。
「次の方、診ます。……全員、私が治しますから」
その日、私は「破壊の女神」から「癒やしの聖母」へと、仲間たちの認識の中で昇華された。
誰もが私を見る目に、畏敬と崇拝の色を宿すようになった。
それは革命を導くカリスマとしては必要な要素だったが、同時に、私を一人の人間から遠ざけていくようで、少しだけ怖かった。
*
夕刻。
すべての治療を終えた私は、施設な屋上へと向かった。
冷たい風に当たりたかったのだ。
屋上のフェンス越しに、夕闇に沈む日昇県の街並みが見える。
一部では灯りが点いているが、大半はゴーストタウンのままだ。あそこに光を取り戻すまで、私たちの戦いは終わらない。
屋上の給水塔の陰に、人影があった。
瑛司(えいじ)だった。
彼はコンクリートの床に座り込み、タバコを吹かしていた。
その背中は、以前よりもひと回り小さくなったように見えた。
「……瑛司」
「おっと、お嬢。……お疲れ様です。下の連中、みんな泣いて感謝してましたよ」
瑛司は慌ててタバコを消し、立ち上がろうとした。
だが、その足元がふらついたのを、私は見逃さなかった。
「座ってて」
私は彼の隣に腰を下ろした。
近くで見ると、彼の異変は明らかだった。
黒かった髪の三割ほどが、白髪に変わっている。
そして、私のコートを羽織ったその手が、小刻みに震えている。
「……隠しても無駄よ」
私は彼の手を取り、自分の両手で包み込んだ。
氷のように冷たい。
獣神化(ビースト・モード)の代償。生命力の著しい消耗。
私の「癒やしの力」は外傷を治すことはできても、削られた寿命まで戻すことはできない。
「正直に言って。……あと何回、変身できるの?」
瑛司はバツが悪そうに視線を逸らし、苦笑した。
「さあね。……車のガソリンメーターみたいに、残量が見えるわけじゃないですから」
「瑛司!」
「……分かりません。でも、体感としては、底が見え始めた気がします」
底が見え始めた。
その言葉の重みに、私は息が詰まった。
彼はまだ二十代だ。これからの人生があるはずなのに。
私のために、この革命のために、彼は自分の未来を切り売りしている。
「怖くないの?」
「怖くねえと言ったら嘘になります。……でも」
瑛司は私の手を握り返してきた。その力は弱々しかったが、熱がこもっていた。
「俺は、親父に拾われた身です。路地裏で野垂れ死ぬはずだった命を、組に救ってもらった。……だから、この命の使い道は自分で決めたいんです」
彼は真っ直ぐに私を見た。
その瞳は、夕焼けよりも鮮烈に燃えていた。
「俺は、お嬢の『剣』であり、『盾』でありたい。……お嬢が描く理想の世界を、一番近くで見届けることができれば、俺は灰になっても構わない」
「……馬鹿よ、あなたは」
涙が溢れてくるのを止められなかった。
「灰になんてさせない。私が、必ずあなたを守る。……この戦いが終わったら、一緒に海を見に行こうって約束したじゃない」
「ええ。……約束です」
瑛司は私の肩に、そっと自分の頭を預けてきた。
甘えるような仕草。
私は彼を抱きしめ、その白くなりかけた髪を撫でた。
愛おしくて、切なくて、胸が張り裂けそうだった。
この温もりを、絶対に消させはしない。
そのためなら、私は鬼にでも修羅にでもなってやる。
*
一方、東京――首相官邸。
執務室の大型モニターには、紗矢が放送した独立宣言の録画映像が繰り返し流されていた。
「……やってくれるねえ、彼女は」
革張りの椅子に深く沈み込んだ錦川(にしきがわ)治城(はるき)は、ブランデーグラスを揺らしながら薄く笑った。
その瞳には、焦りも怒りもない。あるのは、興味深い実験動物を観察するような冷酷な光だけだ。
傍らには、純文振興社の社長であり、政権のフィクサーでもある神谷(かみや)岳(がく)が控えていた。
「申し訳ありません、総理。まさか、あの小娘が古代の遺産を適合(アジャスト)させてしまうとは……。私の管理不足です」
「構わんよ。むしろ、面白いデータが取れた」
錦川は立ち上がり、窓の外の夜景を見下ろした。
「適合者による獣神化は、一個中隊を単独で壊滅させるほどの力を持つ。……これは使えるな」
「はい。すでに『飼育場(ファーム)』では、第二世代の実験体たちが実戦投入の時を待っています」
神谷がタブレットを操作し、モニターの画面を切り替える。
映し出されたのは、地下深くに作られた巨大な檻の映像だった。
そこには、数百人もの人間が収容されていた。
反体制派の活動家、言うことを聞かないヤクザ、そして拉致されたホームレスたち。
彼らの背中には、無理やり機械で彫り込まれた、赤黒く光る刺青があった。
「彼らには知性はありませんが、飢えた獣としての獰猛さは折り紙付きです。……それに、何より『燃料』としてのコストが安い」
錦川は満足げに頷いた。
「辰田紗矢。彼女は『国民の命を守る』と言ったな? ……ならば、その国民自身が牙を剥いて襲いかかってきた時、彼女はどうするかな?」
悪魔の笑みが、錦川の唇に浮かぶ。
「『慈悲』で戦争は勝てないということを、教えてやろう」
錦川が指を鳴らす。
それは、日昇県に向けた、最大最悪の侵攻作戦の開始合図だった。
獣たちの足音が、地底から響き始めていた。
つかの間の休息は終わりを告げ、血で血を洗う殲滅戦の幕が上がろうとしていた。
(第10話 完)
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