第7話 疑念

それから、数日が過ぎた。


俺は冒険者として、細々と依頼をこなしていた。

討伐。護衛。荷運び。

どれも目立たない仕事ばかりだ。


革装束と円盾は、確実に役に立っている。

攻撃のかわし方、短剣の入れどころ、体の使い方――

少しずつだが、確かに身についてきていた。


〈時戻し〉も、必要な場面でだけ使うようになった。

無茶はしない。

戻す時間も、なるべく短く抑える。


(……生き延びるだけなら、なんとかなりそうだ)


そんな手応えを、少しずつ感じ始めていた。



その日の夕方、冒険者ギルドはいつもより人が多かった。


掲示板の中央に、一枚の依頼票が貼られている。


【臨時依頼】

グリムフォード侯爵邸・周辺警備

内容:外周巡回、通行整理、緊急時の伝令

備考:本日、侯爵邸にて公式晩餐会あり


晩餐会。

王国の要人や貴族たちが集まり、音楽と料理でもてなされる夜。


(……優雅だな。俺には縁がないだろうけど)


そんな感想を胸の中で呟きながら、依頼票を剥がす。


受付の女性が、書類を確認しつつ丁寧に頭を下げた。


「霧島時人様、こちらの依頼でお間違いございませんね」


「はい」


「本日は屋敷内に王国関係者が多くいらっしゃいます。

 敷地内への立ち入りは厳禁です。外周警備と伝令のみ、お願いいたします」


「分かりました」


駆け出し冒険者に回ってくる、典型的な補助仕事。

危険は少なく、責任も限定的だ。


それでも、胸の奥に小さな引っかかりが残った。


――あの屋敷の中で、リアが働いている。


もてなす側として、笑顔を作り、頭を下げる側として。


だが、俺にできることはない。

依頼は依頼だ。


そう自分に言い聞かせ、ギルドを後にした。



夜。


グリムフォード侯爵邸の外周は、昼間とは別の顔をしていた。

松明の数は増え、門前には騎士。

冒険者たちは一定の距離を保ち、敷地の外側を巡回している。


厚い石壁の向こうから、かすかに音楽が漏れてくる。

弦の音、杯の触れ合う音、抑えた笑い声。


壁一枚隔てただけで、世界が違う。


与えられた役目を淡々とこなしながら、俺は敷地を回った。



――その時。


ガシャァン、と。

屋敷の奥から、はっきりと食器の割れる音が響いた。


「……?」


巡回中の冒険者たちが足を止める。

門前の騎士たちも、一瞬だけ視線を交わした。


だが、誰もすぐには動かない。


晩餐会では、多少の物音は珍しくない。

それが屋敷の内側で起きている限り、外の者が踏み込む理由にはならない。


――けれど。


椅子が擦れる音。

誰かの荒い息遣い。

抑えきれないざわめきが、壁越しにも伝わってくる。


ただの余興や不注意ではない。

場の空気が、確実に歪み始めていた。



側面の小扉が、勢いよく開いた。


「た、助けて……!」


蒼白な顔の女が飛び出してくる。

息が切れ、言葉も整っていない。


その直後、もう一人が姿を見せた。


――リアだった。


銀髪が乱れ、肩で息をしている。

いつもの落ち着いた所作はなく、瞳が大きく揺れていた。


「中で……お客様が……!」


その声は、はっきりと震えていた。


同時に、屋敷の内側から怒鳴り声が響く。


「な、何が起きているんだ!」


派手な衣装を身にまとった貴族が、顔色を失って駆けてくる。

足元を見ないまま、破片を踏み――


「うわっ!?」


派手な音を立てて足を滑らせ、身体が大きく宙を舞った。


「ぐあっ!」


床に背中から叩きつけられ、飾りボタンが弾ける。

悲鳴と鈍い音が、広間に響いた。


俺が反射的に動こうとした、その時。


「きゃああああっ!!」


甲高い悲鳴が突き刺さる。


豪奢なドレスの婦人が立ち尽くし、息を荒くしていた。


「な、何なの……!?

 さっきからおかしいのよ……!

 誰か、私を——誰か——!」


広間の中央では、人々が出口へ押し寄せていた。

互いに肩をぶつけ、椅子を倒し、

叫び声と足音が重なり、空気が荒れていく。


(……まずい)


人が多すぎる。

誰も周りを見ていない。



その背後。

人の流れに取り残されるように、

杖をついた老人が必死に歩いていた。


額に汗を浮かべ、呼吸も荒い。


――その時。


空気が、震えた。


床の奥から、低く重い衝撃。


――ドンッ!!


爆音。


熱と圧が一気に押し寄せ、身体が宙に浮く。


「ぐっ……!」


背中を強く打ちつけ、息が詰まる。

瓦礫が降り注ぎ、視界が白く弾けた。


(……くそ……)


胸の奥で、世界が反転する。


◆◆ 時間が、数秒巻き戻る ◆◆


視界が戻った。


割れた皿。ざわめき。

同じ混乱の中に、俺は立っている。


「な、何が起きているんだ!」


同じ貴族が、同じように駆けてくる。


俺は半歩前へ出た。


「足元、危ない!」


転びかけた身体を腕で支える。


「おっと……!?」


「そのまま出口へ。急いでください!」


「お、おお……!」


貴族は転ぶことなく、走り去った。


「きゃああああっ!!」


豪奢なドレスの婦人が、再び立ち尽くす。


「な、何なの……!?

 どうして誰も説明してくれないの……!」


俺はすぐそばの騎士に声を投げる。


「この方を! 出口まで!」


「分かった!」


騎士が婦人の腕を取り、人の流れへ押し出す。


――奥。


人の波から取り残された老人が、まだそこにいる。


俺は迷わず前に出た。


「失礼します!」


返事を待たず、肩を貸し、身体を支える。

落とさない距離で、慎重に抱え込む。


「……頼む……」


出口へ走る。


背後で、再び空気が震えた。


――ドンッ!!


扉を抜けると同時に身を伏せ、

咄嗟に老人を胸の下へ抱え込む。


爆音と熱風。

だが、ここまでは届かない。


「……大丈夫ですか」


「……ああ……大丈夫だ。

 ありがとう……本当に……」


胸の奥が、わずかに緩んだ。



「おい、そこの冒険者」


低い声。


振り向くと、騎士たちが並んで立っていた。


表情は硬い。

状況を測る視線と、値踏みするような視線が交錯している。


「……何があった」


「騒ぎのあとで、

 屋敷の奥で爆発がありました。

 原因までは……」


言い終える前に、別の騎士が一歩前に出た。


「お前、何者だ。

 なぜ屋敷の中にいた」


距離が詰まる。


「扉から……リアが助けを求めてきて……

 中に取り残されている方が見えたので」


「誰の許可で入った」


「……許可は、ありません」


数秒の沈黙。


誰かが、小さく舌打ちした。


老人が、かすれた声を上げる。


「この者は……わしを助けてくれた……」


騎士は一瞬、視線を老人へ向けた。

だが、すぐに俺へ戻す。


「話は後だ」


その声は、ひどく事務的だった。


「今日は国家の行事が行われていた。

 勝手な判断で動かれては困る」


腕を掴まれる。


強くはない。

だが、拒否を許さない力だった。


背後で、吐き捨てるような声が聞こえた。


「……冒険者風情が、

 身の程もわきまえず

 出しゃばるからだ。

 いい気味だってんだ」


助けたはずなのに。

守ったはずなのに。


――空気は、完全にこちらへ傾いていた。



連行される途中、囁き声が耳に入った。


「……倒れた貴族、結局死んだらしいぞ」


「誰だ?」


「バルネス男爵だってよ。

 獣人にも人間と同じ権利を与えるべきだって、

 よく言ってた人だ」


胸の奥が、静かに沈む。


(……そんな立場の人間が、今夜死んだ)


晩餐会の騒ぎ。

血。

毒の疑い。

爆発。


そして、その場にいた俺。


嫌な予感が、はっきりと形を持ち始めていた。


夜風が、やけに冷たかった。


──────


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役立たずと追放された俺は〈時戻し〉のスキルだけで、魔王に君臨する。 裏五条 @URAGOJYOU

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