第7話 疑念
それから、数日が過ぎた。
俺は冒険者として、細々と依頼をこなしていた。
討伐。護衛。荷運び。
どれも目立たない仕事ばかりだ。
革装束と円盾は、確実に役に立っている。
攻撃のかわし方、短剣の入れどころ、体の使い方――
少しずつだが、確かに身についてきていた。
〈時戻し〉も、必要な場面でだけ使うようになった。
無茶はしない。
戻す時間も、なるべく短く抑える。
(……生き延びるだけなら、なんとかなりそうだ)
そんな手応えを、少しずつ感じ始めていた。
◆
その日の夕方、冒険者ギルドはいつもより人が多かった。
掲示板の中央に、一枚の依頼票が貼られている。
【臨時依頼】
グリムフォード侯爵邸・周辺警備
内容:外周巡回、通行整理、緊急時の伝令
備考:本日、侯爵邸にて公式晩餐会あり
晩餐会。
王国の要人や貴族たちが集まり、音楽と料理でもてなされる夜。
(……優雅だな。俺には縁がないだろうけど)
そんな感想を胸の中で呟きながら、依頼票を剥がす。
受付の女性が、書類を確認しつつ丁寧に頭を下げた。
「霧島時人様、こちらの依頼でお間違いございませんね」
「はい」
「本日は屋敷内に王国関係者が多くいらっしゃいます。
敷地内への立ち入りは厳禁です。外周警備と伝令のみ、お願いいたします」
「分かりました」
駆け出し冒険者に回ってくる、典型的な補助仕事。
危険は少なく、責任も限定的だ。
それでも、胸の奥に小さな引っかかりが残った。
――あの屋敷の中で、リアが働いている。
もてなす側として、笑顔を作り、頭を下げる側として。
だが、俺にできることはない。
依頼は依頼だ。
そう自分に言い聞かせ、ギルドを後にした。
◆
夜。
グリムフォード侯爵邸の外周は、昼間とは別の顔をしていた。
松明の数は増え、門前には騎士。
冒険者たちは一定の距離を保ち、敷地の外側を巡回している。
厚い石壁の向こうから、かすかに音楽が漏れてくる。
弦の音、杯の触れ合う音、抑えた笑い声。
壁一枚隔てただけで、世界が違う。
与えられた役目を淡々とこなしながら、俺は敷地を回った。
◆
――その時。
ガシャァン、と。
屋敷の奥から、はっきりと食器の割れる音が響いた。
「……?」
巡回中の冒険者たちが足を止める。
門前の騎士たちも、一瞬だけ視線を交わした。
だが、誰もすぐには動かない。
晩餐会では、多少の物音は珍しくない。
それが屋敷の内側で起きている限り、外の者が踏み込む理由にはならない。
――けれど。
椅子が擦れる音。
誰かの荒い息遣い。
抑えきれないざわめきが、壁越しにも伝わってくる。
ただの余興や不注意ではない。
場の空気が、確実に歪み始めていた。
◆
側面の小扉が、勢いよく開いた。
「た、助けて……!」
蒼白な顔の女が飛び出してくる。
息が切れ、言葉も整っていない。
その直後、もう一人が姿を見せた。
――リアだった。
銀髪が乱れ、肩で息をしている。
いつもの落ち着いた所作はなく、瞳が大きく揺れていた。
「中で……お客様が……!」
その声は、はっきりと震えていた。
同時に、屋敷の内側から怒鳴り声が響く。
「な、何が起きているんだ!」
派手な衣装を身にまとった貴族が、顔色を失って駆けてくる。
足元を見ないまま、破片を踏み――
「うわっ!?」
派手な音を立てて足を滑らせ、身体が大きく宙を舞った。
「ぐあっ!」
床に背中から叩きつけられ、飾りボタンが弾ける。
悲鳴と鈍い音が、広間に響いた。
俺が反射的に動こうとした、その時。
「きゃああああっ!!」
甲高い悲鳴が突き刺さる。
豪奢なドレスの婦人が立ち尽くし、息を荒くしていた。
「な、何なの……!?
さっきからおかしいのよ……!
誰か、私を——誰か——!」
広間の中央では、人々が出口へ押し寄せていた。
互いに肩をぶつけ、椅子を倒し、
叫び声と足音が重なり、空気が荒れていく。
(……まずい)
人が多すぎる。
誰も周りを見ていない。
◆
その背後。
人の流れに取り残されるように、
杖をついた老人が必死に歩いていた。
額に汗を浮かべ、呼吸も荒い。
――その時。
空気が、震えた。
床の奥から、低く重い衝撃。
――ドンッ!!
爆音。
熱と圧が一気に押し寄せ、身体が宙に浮く。
「ぐっ……!」
背中を強く打ちつけ、息が詰まる。
瓦礫が降り注ぎ、視界が白く弾けた。
(……くそ……)
胸の奥で、世界が反転する。
◆◆ 時間が、数秒巻き戻る ◆◆
視界が戻った。
割れた皿。ざわめき。
同じ混乱の中に、俺は立っている。
「な、何が起きているんだ!」
同じ貴族が、同じように駆けてくる。
俺は半歩前へ出た。
「足元、危ない!」
転びかけた身体を腕で支える。
「おっと……!?」
「そのまま出口へ。急いでください!」
「お、おお……!」
貴族は転ぶことなく、走り去った。
「きゃああああっ!!」
豪奢なドレスの婦人が、再び立ち尽くす。
「な、何なの……!?
どうして誰も説明してくれないの……!」
俺はすぐそばの騎士に声を投げる。
「この方を! 出口まで!」
「分かった!」
騎士が婦人の腕を取り、人の流れへ押し出す。
――奥。
人の波から取り残された老人が、まだそこにいる。
俺は迷わず前に出た。
「失礼します!」
返事を待たず、肩を貸し、身体を支える。
落とさない距離で、慎重に抱え込む。
「……頼む……」
出口へ走る。
背後で、再び空気が震えた。
――ドンッ!!
扉を抜けると同時に身を伏せ、
咄嗟に老人を胸の下へ抱え込む。
爆音と熱風。
だが、ここまでは届かない。
「……大丈夫ですか」
「……ああ……大丈夫だ。
ありがとう……本当に……」
胸の奥が、わずかに緩んだ。
◆
「おい、そこの冒険者」
低い声。
振り向くと、騎士たちが並んで立っていた。
表情は硬い。
状況を測る視線と、値踏みするような視線が交錯している。
「……何があった」
「騒ぎのあとで、
屋敷の奥で爆発がありました。
原因までは……」
言い終える前に、別の騎士が一歩前に出た。
「お前、何者だ。
なぜ屋敷の中にいた」
距離が詰まる。
「扉から……リアが助けを求めてきて……
中に取り残されている方が見えたので」
「誰の許可で入った」
「……許可は、ありません」
数秒の沈黙。
誰かが、小さく舌打ちした。
老人が、かすれた声を上げる。
「この者は……わしを助けてくれた……」
騎士は一瞬、視線を老人へ向けた。
だが、すぐに俺へ戻す。
「話は後だ」
その声は、ひどく事務的だった。
「今日は国家の行事が行われていた。
勝手な判断で動かれては困る」
腕を掴まれる。
強くはない。
だが、拒否を許さない力だった。
背後で、吐き捨てるような声が聞こえた。
「……冒険者風情が、
身の程もわきまえず
出しゃばるからだ。
いい気味だってんだ」
助けたはずなのに。
守ったはずなのに。
――空気は、完全にこちらへ傾いていた。
◆
連行される途中、囁き声が耳に入った。
「……倒れた貴族、結局死んだらしいぞ」
「誰だ?」
「バルネス男爵だってよ。
獣人にも人間と同じ権利を与えるべきだって、
よく言ってた人だ」
胸の奥が、静かに沈む。
(……そんな立場の人間が、今夜死んだ)
晩餐会の騒ぎ。
血。
毒の疑い。
爆発。
そして、その場にいた俺。
嫌な予感が、はっきりと形を持ち始めていた。
夜風が、やけに冷たかった。
──────
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役立たずと追放された俺は〈時戻し〉のスキルだけで、魔王に君臨する。 裏五条 @URAGOJYOU
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