第5話 生き残るための装備と、門前の違和感
次の日。
俺は武器と防具の店を訪れていた。
昨日もらった銀貨を使って、新しい装備を整えようと思ったからだ。
一撃を受けるたびに〈時戻し〉を使っていたら、
いずれ確実に限界が来る。
それは、大ネズミの討伐で嫌というほど実感した。
(……守れなきゃ、やり直す前に終わる)
重さで動きが鈍くならず、
それでいて――一撃で終わるような最悪の未来を、少しでも遠ざけられる装備。
そして、小型の盾。
かわせない攻撃を、最低限の動きで受け流すため。
囲まれた時に、防ぎながら攻めるため。
〈時戻し〉を“切り札”として使うには、
その前段階が、どうしても必要だった。
◆
革の匂いが、店の奥に溜まっている。
油と土と、わずかに鉄が混じった、鼻に残る匂い。
店主に促されるまま、差し出された防具を手に取る。
――軽い。
鎧と呼ぶには、あまりにも軽かった。
胸から腹にかけてを覆う防具は、
幾枚もの薄い革を重ね、丁寧に縫い合わせた造りをしている。
一枚一枚は薄く、無理に引けば裂けそうにも見える。
それでも、全体としては不思議な安定感があった。
「重さは、気にならんだろう」
言われて、腕を通してみる。
確かに、肩にずしりと来る感覚はない。
身体を捻っても、屈んでも、動きを妨げられない。
革は驚くほど柔らかい。
だが、ただの布ではないことは、指先が教えてくる。
丹念になめされた革が、
しなやかさを保ったまま、芯のある強度を持っている。
これは装飾用じゃない。
心臓を一突き。
そんな致命的な未来を、ほんのわずかでも遠ざけるための層。
金属鎧のように硬くはない。
だが、金属鎧のように音も立てない。
試しに、店内を歩く。
革が擦れる音すらしない。
体の動きに合わせて静かにしなり、存在を主張しない防具。
(……これなら)
移動中に敵に気取られることもないだろう。
◆
次に差し出されたのは、小型の鉄製円盾だった。
直径は、腕一本分ほど。
決して大きくはない。
内側には、革のベルトが数本。
見た目よりも、実用本位の造りだ。
左腕に通すと、盾はぴたりと固定された。
振っても、ずれる気配はない。
狭い場所での戦いを思い浮かべる。
押し込む。
体勢を崩す。
壁に叩きつける。
足場を奪う。
右手に短剣。
左手に円盾。
一方で防ぎ、一方で突く。
同時に複数へ圧をかけ、数を減らすための組み合わせ。
もちろん、防御にも使う。
回避しきれない攻撃が来た時、
大きく動くのではなく、最低限の角度と距離で受け流すための盾だ。
命を預けるほど大げさなものじゃない。
けれど――命を落とさないための、現実的な選択。
◆
装備を整え終え、
鏡代わりの金属板に映った自分を見る。
英雄の姿じゃない。
だが、無防備な旅人でもない。
――これで、ようやく「生き残る準備」が整った。
異世界での最初の装備は、
華やかさよりも、合理と生存を選んだ証だった。
◆
店を出て、俺は冒険者ギルドへ向かう。
装備を整えた以上、
次にやるべきことは決まっている。
依頼を受けるか、情報を集めるか。
どちらにしても、まずはギルドだ。
その道中――
西門の前を通りかかった。
人の流れが、わずかに滞っている。
黒塗りの馬車が一台、門の内側に止まっていた。
装飾は控えめ。
だが、使われている金具も塗装も、明らかに安物じゃない。
門番と役人が集まり、書類の受け渡しをしている。
よくある検分の光景――のはずだった。
その時だ。
御者が、さりげなく役人の袖口へ何かを滑り込ませた。
小さな革袋。
中身は見えないが、銀貨の触れ合う乾いた音がした。
(……今の、賄賂だよな)
そう思った直後、違和感が形を持つ。
本来ならあるはずの検分が、ほとんど行われていない。
荷台の箱を開けることもなく、封の確認もない。
役人は書類を一瞥しただけで、あっさりと頷いた。
門番も、止めない。
馬車は、そのまま西門を抜けていった。
(……あれで、通していいのか?)
胸の奥に、小さな引っかかりが残る。
ただの便宜や慣習かもしれない。
そう自分に言い聞かせ、深く考えないことにした。
ギルドへ向かって歩き出す。
けれど――
歩みを進めても、その感覚は消えなかった。
理由ははっきりしない。
ただ、何かを見落としているような感触だけが、
静かに胸の底に残り続けていた。
──────
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