第5話 生き残るための装備と、門前の違和感

次の日。


俺は武器と防具の店を訪れていた。

昨日もらった銀貨を使って、新しい装備を整えようと思ったからだ。


一撃を受けるたびに〈時戻し〉を使っていたら、

いずれ確実に限界が来る。


それは、大ネズミの討伐で嫌というほど実感した。


(……守れなきゃ、やり直す前に終わる)


重さで動きが鈍くならず、

それでいて――一撃で終わるような最悪の未来を、少しでも遠ざけられる装備。


そして、小型の盾。


かわせない攻撃を、最低限の動きで受け流すため。

囲まれた時に、防ぎながら攻めるため。


〈時戻し〉を“切り札”として使うには、

その前段階が、どうしても必要だった。



革の匂いが、店の奥に溜まっている。

油と土と、わずかに鉄が混じった、鼻に残る匂い。


店主に促されるまま、差し出された防具を手に取る。


――軽い。


鎧と呼ぶには、あまりにも軽かった。


胸から腹にかけてを覆う防具は、

幾枚もの薄い革を重ね、丁寧に縫い合わせた造りをしている。


一枚一枚は薄く、無理に引けば裂けそうにも見える。

それでも、全体としては不思議な安定感があった。


「重さは、気にならんだろう」


言われて、腕を通してみる。


確かに、肩にずしりと来る感覚はない。

身体を捻っても、屈んでも、動きを妨げられない。


革は驚くほど柔らかい。

だが、ただの布ではないことは、指先が教えてくる。


丹念になめされた革が、

しなやかさを保ったまま、芯のある強度を持っている。


これは装飾用じゃない。


心臓を一突き。

そんな致命的な未来を、ほんのわずかでも遠ざけるための層。


金属鎧のように硬くはない。

だが、金属鎧のように音も立てない。


試しに、店内を歩く。


革が擦れる音すらしない。

体の動きに合わせて静かにしなり、存在を主張しない防具。


(……これなら)


移動中に敵に気取られることもないだろう。



次に差し出されたのは、小型の鉄製円盾だった。


直径は、腕一本分ほど。

決して大きくはない。


内側には、革のベルトが数本。

見た目よりも、実用本位の造りだ。


左腕に通すと、盾はぴたりと固定された。

振っても、ずれる気配はない。


狭い場所での戦いを思い浮かべる。


押し込む。

体勢を崩す。

壁に叩きつける。

足場を奪う。


右手に短剣。

左手に円盾。


一方で防ぎ、一方で突く。

同時に複数へ圧をかけ、数を減らすための組み合わせ。


もちろん、防御にも使う。


回避しきれない攻撃が来た時、

大きく動くのではなく、最低限の角度と距離で受け流すための盾だ。


命を預けるほど大げさなものじゃない。

けれど――命を落とさないための、現実的な選択。



装備を整え終え、

鏡代わりの金属板に映った自分を見る。


英雄の姿じゃない。

だが、無防備な旅人でもない。


――これで、ようやく「生き残る準備」が整った。


異世界での最初の装備は、

華やかさよりも、合理と生存を選んだ証だった。



店を出て、俺は冒険者ギルドへ向かう。


装備を整えた以上、

次にやるべきことは決まっている。


依頼を受けるか、情報を集めるか。

どちらにしても、まずはギルドだ。


その道中――

西門の前を通りかかった。


人の流れが、わずかに滞っている。


黒塗りの馬車が一台、門の内側に止まっていた。


装飾は控えめ。

だが、使われている金具も塗装も、明らかに安物じゃない。


門番と役人が集まり、書類の受け渡しをしている。

よくある検分の光景――のはずだった。


その時だ。


御者が、さりげなく役人の袖口へ何かを滑り込ませた。


小さな革袋。

中身は見えないが、銀貨の触れ合う乾いた音がした。


(……今の、賄賂だよな)


そう思った直後、違和感が形を持つ。


本来ならあるはずの検分が、ほとんど行われていない。

荷台の箱を開けることもなく、封の確認もない。


役人は書類を一瞥しただけで、あっさりと頷いた。

門番も、止めない。


馬車は、そのまま西門を抜けていった。


(……あれで、通していいのか?)


胸の奥に、小さな引っかかりが残る。


ただの便宜や慣習かもしれない。

そう自分に言い聞かせ、深く考えないことにした。


ギルドへ向かって歩き出す。


けれど――

歩みを進めても、その感覚は消えなかった。


理由ははっきりしない。

ただ、何かを見落としているような感触だけが、

静かに胸の底に残り続けていた。


──────


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