第4話 侯爵家の晩餐と、隠すべき力
路地裏の騒動が収まったあと、
俺はリアと別れ、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
胸の奥に残る、妙な引っかかり。
けれど、今は考えすぎても仕方がない。
――まずは、生きるためだ。
◆
受けた依頼は、
「古い屋敷に住み着いた大ネズミの討伐」。
報酬は、銅貨十五枚。
決して割のいい仕事じゃない。
けれど、選り好みできる立場でもなかった。
暗い屋敷の中で、
何度か〈時戻し〉に頼りながらも、どうにか討伐を終える。
最後に残ったのは、
疲労と、ほんのわずかな自信だけだった。
(……少しずつだな)
ギルドへ戻る頃には、
空は茜色に染まり始めていた。
◆
夕方のギルドは、酒場のような賑わいを見せていた。
冒険者たちの笑い声。
木製のテーブルに置かれる酒杯の音。
剣や盾が、無造作に壁へ立てかけられている。
討伐証明を受付に渡し、
報酬を受け取ろうとした、その時だった。
「……時人様」
背後から、聞き覚えのある澄んだ声がした。
振り返る。
そこにいたのは、リアだった。
昼間と同じメイド服。
けれど、夕陽を受けた銀髪が、昼よりも柔らかく見える。
「リア……? どうしてここに?」
リアは、少しだけ困ったように胸元で手を組んだ。
「昼間の件を、侯爵様にお話ししました。
そうしたら……どうしても、お礼がしたいと」
「お礼?」
「はい。
馬車を用意しております。ご一緒いただけませんか」
予想していなかった言葉に、思わず言葉を失う。
「いや……俺は、ただ通りがかっただけで……」
「それでもです」
リアは、はっきりとそう言った。
「あのままだったら……私は」
そこで言葉を切り、
視線を落とす。
尻尾が、かすかに揺れた。
その仕草を見てしまって、
断るという選択肢は、自然と消えていた。
「……分かった。そこまで言われたら、行くよ」
リアの表情が、ぱっと明るくなる。
「ありがとうございます、時人様」
◆
ギルドの外には黒い馬車が待っていた。
飾り金具は控えめだが品が良く、侯爵家の格式を感じさせる。
御者が帽子を下げ、丁寧に挨拶する。
「それでは、屋敷までご案内いたします」
揺れる馬車の中で、俺とリアは向かい合った。
とはいえ――
俺のほうは緊張でほとんど固まっていた。
「時人様……その、今日は本当にありがとうございました」
「いや、俺は……ただ、見過ごせなかっただけで」
リアは小さく微笑む。
「時人様のような方は……あまり、いらっしゃいません」
その言葉に返事ができず、視線が泳ぐ。
けれど同時に、彼女の首元に見える“錠前付きの首輪”が胸をざわつかせた。
(……あの首輪。絶対普通じゃない)
問いただしたい。でも――彼女が望まないなら無理に聞くべきじゃない。
そんな逡巡のうちに馬車は徐々に速度を落とし、やがて大きな屋敷の前で止まった。
◆
グリムフォード侯爵邸。
整えられた庭園。
噴水。
広い石畳のアプローチ。
街の中にありながら、
まるで別の世界だった。
中へ案内され、
しばらく待たされたあと――
「よく来てくれた。霧島時人君」
落ち着いた低い声。
階段を降りてきたのは、
上品な口髭をたくわえた壮年の男だった。
アルバート・グリムフォード侯爵。
柔らかな笑み。
だが、どこか目が笑っていない。
「リアが世話になったそうだね。本当に感謝している」
「そ、そんな……俺はただ、偶然通りかかって……」
「それでも結果がすべてだ。」
「ぜひ、食事を共にしよう」
侯爵は、そう言って手を差し出した。
◆
晩餐は、想像以上に穏やかだった。
料理はどれも美味しく、
会話も終始、和やかに進む。
けれど――
視線だけは、何度も感じた。
「時人君の戦いぶりは、リアから聞いたよ。
まるで達人のような身のこなしだったとか」
リアが、そう報告したのだろう。
「えっ……いや、そんな……」
「三人を相手にしながら、一切怯まず動いたとか。
武術の経験は?」
まさかそんなふうに説明されてるとは思わなかった。
「いや、本当に……俺はただ、必死で」
「ほう。では何か“特別な力”でもあるのかね?」
「実は、数秒ですが時を戻す能力を使ったんです。
それで、失敗しても何度もやりおおして……」
グリムフォード侯爵の目がわずかに鋭くなった。気がする。
一瞬、心臓が跳ねた。
――胸の奥に鋭い警告が走った。
(……ダメだ。何かいやな予感がする)
理由は分からない。ただ、直感が強く拒絶した。
「《時戻し》……2秒」
◆◆ 時間が2秒巻き戻る ◆◆
巻き戻った世界で、侯爵が再び問いかける。
「ほう。では何か“特別な力”でもあるのかね?」
俺は即座に首を横に振った。
「いえ、本当に……ただの勘です。必死だっただけで」
侯爵は少し驚き、すぐに柔らかく笑った。
「そうか……だが、実力は確かだ。
我が家も時に冒険者へ依頼することがある。
その時は、ぜひ君へ頼みたいものだ」
「は、はい!」
柔らかい笑みに戻ったが、その奥に読めない影があった。
◆
食事は和やかに続いた。
時に侯爵の昔話があり、時にリアが控えめに料理を取り分けてくれた。
そして、デザートが運ばれたころ。
「これは今回の礼だ。受け取ってほしい」
侯爵は銀貨の入った革袋を差し出した。
「え、こんな……!」
「受け取っておきなさい。正当な報酬だよ」
恐縮しながらも、俺は頭を下げて袋を受け取った。
食後、屋敷の前までリアが見送りに来る。
「今日は……本当に、ありがとうございました」
「こちらこそ。ご馳走さまでした」
夜風が、銀髪を揺らす。
別れ際、
また首輪が目に入った。
(……あれは、何だ)
答えは、まだ出ない。
◆
馬車で宿屋まで送ってもらう帰り道、
俺とリアは向かい合って座ったまま、ゆるく会話を続けた。
ぎこちないけれど、それがなぜか心地よかった。
宿へ着き、リアに礼を言って別れる。
部屋へ戻り、硬いベッドへ倒れ込む。
天井を見上げると、ふと彼女の姿がよみがえった。
銀髪の揺れ。澄んだ瞳。
そして――首元の錠前付きの首輪。
(……あれは本当に、ただの装飾か?)
考えるほど胸がざわついた。
そして静かな夜の中、俺はゆっくりと目を閉じた。
──────
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