第3話 猫耳メイドと路地裏で

翌朝。


宿の薄い天井を見上げながら、俺は小さく息を吐いた。


身体のあちこちが重い。筋肉痛というより、奥のほうが鈍く痛む感覚だ。


(……昨日、無茶したからな)


〈時戻し〉を使った後の、あの頭のきしむような感触。


慣れたくはないが、忘れることもできない。


それでも――


起き上がれないほどじゃない。


俺はベッドから身を起こし、装備を確かめる。


革装束。短剣。小袋。


全部、ちゃんとここにある。


(……よし)



朝の街は、昨日より少しだけ穏やかだった。


商人たちは準備に追われ、


通りには焼きたてのパンの匂いが漂っている。


獣人族の姿も、ちらほらと見かけた。


けれど視線の向きはまちまちで――


中には、あからさまに距離を取る人もいる。


(……まあ、そういう世界か)


今は、気にしても仕方がない。


俺はギルドへ向かう……はずだった。


だが、通りを一本曲がった、その先で。


「やめてくださいっ!」


張りつめた声が、路地裏から響いた。


思わず、足が止まる。



細い路地の奥。


痩せた男三人に囲まれ、


一人の少女が壁に追い詰められるように立っていた。


腕に抱えた小包を必死に守り、


背中を石壁に押し付けている。


鮮やかな藍色の布に包まれた包み。


ただの荷物ではない。大切に扱われていることが、遠目にも分かった。


そして何より――


その少女は、美しかった。


銀色の髪。


揺れる猫耳。


控えめに揺れる尻尾。


白と黒を基調としたメイド服は質が良く、


仕草の端々に、どこか品がある。


声は震えているのに、


瞳だけは真っ直ぐで――透き通るように澄んでいた。


胸が、じんと熱くなる。


思わず、息を呑んだ。



「へぇ……随分、いい物持ってるじゃねぇか」


「獣人が持つには、ちと高価すぎるだろ?」


男の一人が、小包を値踏みするように眺める。


「……これは、王へ献上する《月藍草》です」


少女の声は震えていた。


それでも、言葉ははっきりしている。


「グリムフォード侯爵様から、陛下へ――」


「王様行き、ねぇ」


男たちは顔を見合わせ、にやりと笑った。


「なら、余計に売れるな」


「嬢ちゃん本人も、な」


少女の肩が、びくりと跳ねる。


(……見過ごせるわけないだろ)


気づけば、俺は一歩前に出ていた。


「……やめろ。嫌がってるだろ」


男の一人が、ゆっくり振り返る。


「なんだ? ガキが一人で」


「邪魔すんなら、痛い目見るぞ?」


路地の空気が、ぴりっと張りつめた。


(……来る)



次の瞬間。


拳が飛んできた。


「――ッ!」


顔をかすめる風圧。


続けて、右から蹴り。


腹に、重い衝撃が叩き込まれる。


「ぐっ……!」


視界が揺れ、足元が崩れた。


(まずい……!)


戻れ……!!


◆◆ 時間が1秒巻き戻る ◆◆


耳鳴り。


頭の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


戻った瞬間、蹴りの軌道が見えた。


(右――)


身を沈め、足首を掴んで払う。


「うおっ!?」


一人目が転がる。


二人目が詰めてくる。


タックルして、地面に叩きつけた。


三人目が背後へ回り――


一瞬、遅れた。


「しまっ――」


腕に刃がかすめ、鋭い痛みが走る。


追撃が来る――


(もう一度!)


◆◆ 時間が2秒巻き戻る ◆◆


鋭い痛みが、こめかみを走った。


鼻に、鉄の味。


だが、今度は分かる。


踏み込む。


短剣の柄で、顎を打ち抜く。


一人、二人――倒す。


最後の男が突っ込んでくるのを横へ受け流し、足を払った。


三人は、石畳に転がったまま動かない。


(……勝った)



息が荒い。


頭痛は残る。だが、それ以上に達成感が勝っていた。


少女は、小包を抱えたまま、深く頭を下げる。


「……助けていただき、ありがとうございます」


「いや……大丈夫?」


「はい……」


その時、視界に入った。


首元。


小さな錠前のついた首輪。


淡く光る、魔法紋様。


(……ただの飾りじゃない)


けれど、今は聞けない。


少女は、少しだけ微笑んだ。


「私は、リアと申します。


 グリムフォード侯爵様に仕える、メイドです」


「俺は……霧島時人。冒険者、だ」


「時人様……」


丁寧な呼び方。


それが、なぜか胸に残った。



別れ際。


「……本当に、ありがとうございました」


リアはもう一度、深く頭を下げた。


その背中を見送りながら、


俺は路地裏を後にする。


胸の奥に、


小さな引っかかりを残したまま。


後の魔王となる者と、


魔王軍四天王筆頭の出会いであった。


もちろん、まだそのよしを


二人は知る由もなかった。


──────

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