第3話 猫耳メイドと路地裏で
翌朝。
宿の薄い天井を見上げながら、俺は小さく息を吐いた。
身体のあちこちが重い。筋肉痛というより、奥のほうが鈍く痛む感覚だ。
(……昨日、無茶したからな)
〈時戻し〉を使った後の、あの頭のきしむような感触。
慣れたくはないが、忘れることもできない。
それでも――
起き上がれないほどじゃない。
俺はベッドから身を起こし、装備を確かめる。
革装束。短剣。小袋。
全部、ちゃんとここにある。
(……よし)
◆
朝の街は、昨日より少しだけ穏やかだった。
商人たちは準備に追われ、
通りには焼きたてのパンの匂いが漂っている。
獣人族の姿も、ちらほらと見かけた。
けれど視線の向きはまちまちで――
中には、あからさまに距離を取る人もいる。
(……まあ、そういう世界か)
今は、気にしても仕方がない。
俺はギルドへ向かう……はずだった。
だが、通りを一本曲がった、その先で。
「やめてくださいっ!」
張りつめた声が、路地裏から響いた。
思わず、足が止まる。
◆
細い路地の奥。
痩せた男三人に囲まれ、
一人の少女が壁に追い詰められるように立っていた。
腕に抱えた小包を必死に守り、
背中を石壁に押し付けている。
鮮やかな藍色の布に包まれた包み。
ただの荷物ではない。大切に扱われていることが、遠目にも分かった。
そして何より――
その少女は、美しかった。
銀色の髪。
揺れる猫耳。
控えめに揺れる尻尾。
白と黒を基調としたメイド服は質が良く、
仕草の端々に、どこか品がある。
声は震えているのに、
瞳だけは真っ直ぐで――透き通るように澄んでいた。
胸が、じんと熱くなる。
思わず、息を呑んだ。
◆
「へぇ……随分、いい物持ってるじゃねぇか」
「獣人が持つには、ちと高価すぎるだろ?」
男の一人が、小包を値踏みするように眺める。
「……これは、王へ献上する《月藍草》です」
少女の声は震えていた。
それでも、言葉ははっきりしている。
「グリムフォード侯爵様から、陛下へ――」
「王様行き、ねぇ」
男たちは顔を見合わせ、にやりと笑った。
「なら、余計に売れるな」
「嬢ちゃん本人も、な」
少女の肩が、びくりと跳ねる。
(……見過ごせるわけないだろ)
気づけば、俺は一歩前に出ていた。
「……やめろ。嫌がってるだろ」
男の一人が、ゆっくり振り返る。
「なんだ? ガキが一人で」
「邪魔すんなら、痛い目見るぞ?」
路地の空気が、ぴりっと張りつめた。
(……来る)
◆
次の瞬間。
拳が飛んできた。
「――ッ!」
顔をかすめる風圧。
続けて、右から蹴り。
腹に、重い衝撃が叩き込まれる。
「ぐっ……!」
視界が揺れ、足元が崩れた。
(まずい……!)
戻れ……!!
◆◆ 時間が1秒巻き戻る ◆◆
耳鳴り。
頭の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
戻った瞬間、蹴りの軌道が見えた。
(右――)
身を沈め、足首を掴んで払う。
「うおっ!?」
一人目が転がる。
二人目が詰めてくる。
タックルして、地面に叩きつけた。
三人目が背後へ回り――
一瞬、遅れた。
「しまっ――」
腕に刃がかすめ、鋭い痛みが走る。
追撃が来る――
(もう一度!)
◆◆ 時間が2秒巻き戻る ◆◆
鋭い痛みが、こめかみを走った。
鼻に、鉄の味。
だが、今度は分かる。
踏み込む。
短剣の柄で、顎を打ち抜く。
一人、二人――倒す。
最後の男が突っ込んでくるのを横へ受け流し、足を払った。
三人は、石畳に転がったまま動かない。
(……勝った)
◆
息が荒い。
頭痛は残る。だが、それ以上に達成感が勝っていた。
少女は、小包を抱えたまま、深く頭を下げる。
「……助けていただき、ありがとうございます」
「いや……大丈夫?」
「はい……」
その時、視界に入った。
首元。
小さな錠前のついた首輪。
淡く光る、魔法紋様。
(……ただの飾りじゃない)
けれど、今は聞けない。
少女は、少しだけ微笑んだ。
「私は、リアと申します。
グリムフォード侯爵様に仕える、メイドです」
「俺は……霧島時人。冒険者、だ」
「時人様……」
丁寧な呼び方。
それが、なぜか胸に残った。
◆
別れ際。
「……本当に、ありがとうございました」
リアはもう一度、深く頭を下げた。
その背中を見送りながら、
俺は路地裏を後にする。
胸の奥に、
小さな引っかかりを残したまま。
後の魔王となる者と、
魔王軍四天王筆頭の出会いであった。
もちろん、まだそのよしを
二人は知る由もなかった。
──────
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