第2話 最弱のスキルと、最初の一歩
城門の外に放り出されて、
俺はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
背中に当たる石壁は冷たく、
足裏から伝わる地面の感触だけが、やけに現実的だった。
頭が痛む。
殴られたせいか、それとも――〈時戻し〉の余韻か。
たぶん、両方だ。
(……異世界に来て、追放。いきなりこれかよ)
乾いた笑いすら、喉の奥で引っかかって出てこなかった。
けれど、いつまでもこうしているわけにはいかない。
俺は小さく息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。
◆
昼の街は、驚くほど活気に満ちていた。
商人の呼び声。
行き交う人々の笑顔。
子どもたちが石畳を駆け回り、軽やかな足音を響かせている。
さっきまで王に怒鳴られていたのが、嘘みたいだった。
店先には見たことのない果物、異国風の布飾り。
猫耳や犬耳を持つ人々――獣人族らしき姿も、当たり前のように混じっている。
王と兵士に冷たく突き放された直後だというのに、
この景色だけは、胸を高鳴らせた。
「……すげぇ。本当に、異世界なんだな」
思わず、口から零れた。
◆
(とりあえず、今日寝る場所と食べ物だな)
財布代わりの小袋を開く。
中には、城から追放される際に投げられた銅貨が数枚だけ。
(……ギリギリ生きられる、か)
働き口を探すしかない。
そう考えた、その時だった。
「た、助けてくれぇえ!!」
広場に、悲鳴が響いた。
視線を向けると、広場の真ん中で男が尻餅をつき、
青ざめた顔で、何かを指さしている。
黒い霧のようなものが集まり、凝縮し――
やがて、地面から滲み出るように形を成した。
三つ目の魔物。
「な、なんだあれ!?」
「衛兵は!?」
「早く逃げろ!!」
それは、人の形をわずかに残した“異形”だった。
墓土のように乾いた、禍々しい灰色の皮膚。
ひび割れた表面の下で筋肉が脈打ち、
肩を超える太い腕には、節ばった骨が浮き上がっている。
鳥を思わせる鋭いくちばし。
金属を擦るような、不快な鳴き声。
――そして何より異様なのは、その顔の“眼”だった。
額に一つ、左右に二つ。
縦に並んだ三つの眼が、それぞれ独立してぎょろりと蠢く。
上の眼は遠くを射抜き、左右の眼は周囲の恐怖を舐め回すように探っていた。
腐臭とも、鉄錆ともつかない刺激臭。
まるで、呪いが形を得た存在。
そして――
魔物の視線の先にいたのは、小さな少女だった。
「おいおい……マジかよ……ッ!」
助けなきゃ。
そう思った瞬間、足が止まった。
電車のときと、同じだ。
間に合わないかもしれない。
その一瞬の躊躇が、身体を固く縛りつける。
魔物が腕を振り上げ――
次の瞬間、俺は駆け出していた。
「やめろぉッ!!」
だが、わずかな遅れは致命的だった。
少女へ届くより早く、
魔物の腕が俺を捉え、腹に衝撃が叩き込まれる。
「ぐっ……ッ!!」
巨岩にぶつかったみたいな痛み。
石畳に叩きつけられ、肺の空気が一気に押し出された。
視界の端で、少女が泣き叫ぶ。
魔物の三つの眼が、俺を見下ろしていた。
――死ぬ。
そう思った、その瞬間。
脳内で、カチリと何かが逆回転するような感覚が走った。
戻れ。
戻れ……!!
◆◆ 時間が1秒巻き戻る ◆◆
気づけば、魔物が腕を振り上げる直前だった。
胸が締め付けられるように苦しく、
頭の奥が、ぎしぎしと軋む。
(一秒でも、これかよ……!)
今度は迷わない。
少女を抱え込むように横へ飛ぶ――が、肩をかすめた。
「ぐっ……まだ、避けきれない!」
不完全。
遅い。
読みが甘い。
――なら、もう一度だ。
頭蓋の内側を金槌で叩かれるような痛みに耐え、
意識の底から、力を引きずり上げる。
「戻れ……ッ!」
視界が揺れ、鼻血が石畳に落ちて弾けた。
鐘を乱打するようなノイズが、脳を裂く。
◆◆ 時間が2秒巻き戻る ◆◆
――それでも。
今だけは、見える。
少女の位置。
砂埃の軌跡。
影の角度。
肩の沈み。
全部、わかる。
少女を抱きかかえ、横へ滑り込む。
振り下ろされる爪を、紙一重で避けた。
「今だ――ッ!」
短剣を引き抜き、
中央の眼へ、全力で突き立てる。
「ぉおおおおああああッ!!」
刃が灰色の皮膚を割り、肉を裂く。
三つの眼が見開かれ、魔物が嘶き――
巨体が崩れ落ちた。石畳が震える。
膝が笑い、その場に座り込む。
息が上がる。
頭痛と鼻血――まだ、耐えられる。
それ以上に、胸の奥が震えるほどの達成感があった。
「やった……本当に、時戻しで……!」
避難していた人々が戻り、どよめきが広がる。
「す……すごい!」
「怪我はないかい、兄ちゃん!」
少女も、泣きながら礼を言った。
――しかし。
「……獣人のガキが狙われたって? 物騒な世の中だな」
「まあ、人間じゃなくて良かったって顔してる奴もいたがな」
そんな声が、ひそひそと混じる。
冗談めいた調子だったが、どこか本気の色も含んでいた。
胸の奥が、わずかにざらついた。
寒気が背を撫でた、その時。
肩を叩く手が、現実へ引き戻す。
「兄ちゃん、やるじゃねぇか! 冒険者になる気はねぇか?」
大柄な男が笑い、ギルドへ案内してくれた。
◆
冒険者ギルドは、活気と酒の匂いに満ちていた。
戦果を見たギルド長が俺の実力を認め、
登録はあっさりと完了する。
――ランクZ。最底辺。
でも、ここが始まりだ。
討伐証明として魔物の残滓を提出し、報酬は銀貨10枚。
これで、数日は生きられる。
暖かいスープとパンを奢られ、
心の凍えが、ゆっくりと溶けていく。
(……俺でも、できる)
〈時戻し〉があれば。
外へ出ると、夕刻。
空は赤く染まり、街が影を伸ばしていた。
安宿の看板を見つけ、扉を叩く。
「一泊、お願いします」
藁のベッドは硬い。
でも、布団は温かい。
線路の警報と、魔物の咆哮が頭をよぎる――
けれど今日は、微笑んだまま眠れた。
(次は、もっと上手くやれる。何度でも)
――最弱のスキルでも、未来は変えられる。
そう信じて、
時人の異世界での歩みが、ここから始まった。
──────
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