役立たずと追放された俺は〈時戻し〉のスキルだけで、魔王に君臨する。

裏五条

第1話 プロローグ

──あと一秒、早く動けていたなら。


夕焼けがホーム全体を赤く染めていた。

空はゆっくりと夜へ傾き、オレンジと群青が溶け合っている。

電光掲示板のライトが微かに瞬き、行き交う人々の影を長く伸ばしていた。

線路を走る風の冷たさが、日中の暑さを洗い流していく。


学校帰りの俺は、肩にかけた鞄の重さを感じながら、

いつも通り何の変哲もない帰路についていた。

数学プリントの束、部活の先輩の愚痴、明日の小テスト――

頭の中は、ただの“日常”でいっぱいだった。


成績は中の上。スポーツは苦手じゃないけれど得意でもない。

友達とゲームしたり、コンビニで新作スイーツを買ったり。

夕飯の匂いがする商店街を歩き、家に帰る。

そんな「普通」が続くと思っていた。


特別な才能なんてない。

どこにでもいる、高校二年の――霧島時人(きりしま ときと)


その「普通」を、突然の悲鳴が断ち切った。


「きゃああっ!」


反対側のホーム、風に飛ばされた紙袋がくるくると舞う。

小さな子どもがそれを追い、足を滑らせた。


スローモーションのように宙へ浮く身体。

落ちる紙袋。驚きに見開かれた瞳。


次の瞬間――線路へ。


カン、カン、カンッ!

警報が鳴り響き、迫るヘッドライトが砂利を照らす。


助けないと――。

そう思ったのに、怖くて足が動かなかった。

「死ぬ」という恐怖が脳を掴み、縫い付けていた。


――でも、気づけば飛び込んでいた。


膝が勝手に動いた。理由なんてなかった。

ただ、助けたいと思っただけ。


風圧。轟音。鉄の匂い。

手を伸ばし――間に合ってくれと願いながら。


だが、たった一秒の遅れは致命的で。

白い光に飲み込まれ、子どもが、俺が――轢かれた。


最後の思いはただひとつ。

――時間を戻したい。ほんの一秒でいい。



世界が白く弾け、視界が反転する。

浮遊するような感覚の中、次第に光が形を取り始め──


次に目を開けた時、俺は石造りの巨大な広間に立っていた。

高い天井、金の装飾、豪奢な赤絨毯。


王冠をかぶった男が玉座に座り、魔術師と騎士団が並ぶ。


立ち上がると、着ている服も変わっていた。

獣革をベースに、肩や裾には民族文様を思わせる刺繍。

だが形は西洋の冒険者装束に近い。

腰には短めの剣、胸には手彫りの木札のような御守り。

服が体に馴染む感触が少しだけ心を落ち着かせる。


「ここは……?」


「アルトリア王国へようこそ!」

王が立ち上がり、声を響かせた。


けれど、その声が耳に届いても、俺はまだ状況を理解できていなかった。

さっきまで駅のホームにいて、列車に轢かれて――死んだはずだ。


なのに今は、石造りの広間で王冠を被った男と向き合っている。


(……異世界?)


冗談みたいな言葉が、頭をよぎる。

夢にしては、足元の石は冷たく、空気は重い。


混乱したまま立ち尽くす俺に向かって、

王の声が、はっきりと響いた。


「そなたを召喚したのは他ならぬ我ら!

 救国の勇者よ、名を名乗れ!」


場の視線が一斉に俺へ向く。


「……霧島 時人です。」


王は目を細め、微笑んだ。

「時人か。良い名だ!」


魔術師が水晶球を掲げる。

光が走り、俺の目の前に半透明のステータスが現れた。


 ◆ ステータス鑑定結果 ◆

────────────────

【名前】霧島 時人(きりしま ときと)


▼基本ステータス

 職業    :一般人

 レベル   :1

 力     :平均以下

 体力    :平均以下

 知能    :平均よりやや上

 素早さ   :平均

 器用さ   :平均

 魔力    :低い

 精神抵抗  :低い

 カリスマ  :平均よりやや下

────────────────

※特筆すべき戦闘能力なし


広間の空気がぴしりと張りつめる。


「い、一般人……?」

「勇者ではない……だと?」


王「ステータスオープンと言ってみよ」

俺「ステータスオープン!」


――同じ表示。紛れもなく一般人。


「ならばスキルだ! どんな魔法が使える?」


視線が突き刺さる中、俺は画面下部に気づいた。


【スキル:〈時戻し〉】


(……これか?)


王「で? なんというスキルだ?」

俺「……時戻し、です」


ざわつく広間。王と魔術師が身を乗り出す。


「時戻し……? 聞いたことのないスキルだ」

王は腕を組み、唸る。

「おお、それは時間を操る類か!? 面白い、試してみよ!」


命令は絶対。逃げ場なし。

俺は震えながらも息を吸った。


「……〈時戻し〉……2秒!」


キィィィィン……!

頭に電流が走り、視界が白くノイズに包まれた。

鼻の奥が熱くなり、鮮血がつっと流れ落ちる。


そして――


◆◆ 時間が2秒巻き戻る ◆◆


王は腕を組みながら眉を上げる。

「時戻し……? 聞いたことのないスキルだ」

「おお、それは時間を操る類か!? 面白い、試してみよ!」


――同じセリフ、同じ動き。

俺だけが知っている。今、2秒戻った。


「今……使いました。」

「え?」

「2秒、戻しました。」


沈黙。貴族たちがざわつき、誰かが呆然とつぶやく。


「2……秒?」


王「たった2秒で何になる!?」

「魔物を倒せるとでも!?」

「貴重な召喚石を使わせておいて!何という無駄使いだ!」


怒号。嘲り。失望の視線。


「勝手に召喚しておいて……無駄だの役立たずだの……!」

反論しかけた俺の後頭部に――ガツンッ!


兵士の柄頭が叩きつけられ、視界が揺らぐ。


王「うせろ! 二度とその面を見せるな!」


兵士たちが俺を引きずり、城外へ。

冷たい地面に叩きつけられる。


「死刑にされないだけありがたく思え、役立たずが!」


門が閉じられ、俺はひとり取り残された。

赤い月が浮かび、風が頬を刺す。


(俺は……異世界で……最弱のまま放り出されたのか)


握り締めた拳に血が滲む。

唇を噛みしめ、俺は立ち上がった。


──────

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