帰宅させるダンジョン運営 ~レベル主義の世界で、ステータス最適化コアが死亡率0%を貫くまで~

てゅん

第1話 石のまま、最適解を選ぶ

目が覚めた――と思った。

だが、まぶたがない。息もしていない。胸の上下も、心臓の鼓動もない。


代わりに、静かな“圧”だけがある。

湿った岩肌。重い空気。どこかで水滴が落ちる音。音というより、地面越しの振動だ。


そして、視界のど真ん中に、薄い青白い文字が浮かんでいた。


【迷宮UI】

種別:ダンジョンコア(未成熟)

稼働日数:0日目

MANA:12/12

CAP:1/1

ATT(注目度):0 / 100

SUR(生存率):―

DR(致死率):―


……ダンジョンコア?

頭の中に、ありえない単語が落ちてきた。


手がない。足もない。声帯もない。俺は“石”だ。

硬い。重い。動かない。なのに、思考だけはやけに鮮明で、現実感がある。


現代の記憶が、薄い霧みたいに奥に沈んでいる。

名前、職場、帰宅途中の道、雨の匂い――そこまで思い出して、止まった。

それ以上掘り返すより、今の状況を把握する方が先だ。


俺は、ダンジョン。

そして、コア。中心核。壊されたら終わり。


UIの下に、さらに情報が追記された。


【固有スキル】

〈オペレーション・ルーム〉:未解放(条件:侵入者検知)


【生成可能】

・スライム(小)……MANA 5

・粘床(弱)……MANA 3

・薄壁(仮)……MANA 2


“生成可能”――作れるのか。

モンスターや罠を、マナで。


だが、同時に背筋が冷えた。背筋なんてないのに、冷えた感覚だけが走る。

壊されたら終わり。その“終わり”が、すぐそこにある気がした。


理由は、振動だ。

遠く、地面を踏むリズムがある。規則的で、複数。人間の足音のような。


俺の感覚は、音ではなく“揺れ”としてそれを拾う。

近づいてくる。迷宮の入口に。


ここが「洞窟」だとして――誰かが入ってくる。

そして、ダンジョンコアを見つけたら? 壊す。持ち帰る。売る。そんな未来が、簡単に想像できた。


どうする。

俺は動けない。逃げられない。守るしかない。


まずは、最低限の戦力。

生成可能の中で、モンスターはスライムだけ。


……スライムって、雑魚だろ。

ゲームの常識では、そうだ。レベル1の的。チュートリアルの相手。

だが――この世界がゲームかどうかも分からない。


いや、UIがある時点で“ゲームっぽい”のは確かだ。

ただし、ここで重要なのは「強さ」の尺度だ。


レベル? ステータス?

まだ侵入者を見ていないから、判断できない。


考えても時間はない。足音が近い。

俺は決める。


【生成:スライム(小)】

消費MANA:5


視界が、わずかに明るくなった。

洞窟の入口近く――俺から見える範囲の岩陰に、半透明の塊が“生まれる”。

ぷるん、と揺れて、床に広がった。


MANA:7/12


残り7。

罠も置ける。粘床が3。薄壁が2。


スライムだけじゃ、足止めにもならないかもしれない。

なら、地形を使う。最適化だ。


【生成:粘床(弱)】

消費MANA:3


スライムの前方、入口から少し入った場所の床が、湿った光沢を帯びた。

見た目は濡れた岩肌程度。だが、踏めば足が取られるはずだ。


MANA:4/12


さらに薄壁で通路を細めれば、回避しづらくできる。

ただし、壁は“露骨”だと警戒される。仮設薄壁なら、自然な岩の隆起に見せられるか?


【生成:薄壁(仮)】

消費MANA:2


入口からの直線通路が、わずかに曲がった。

狭くなる。足元を見にくい角度。


MANA:2/12


残り2。追加はできない。

ここからは、祈るしか――いや、祈るのではない。観測し、学習し、次に繋げる。


足音が、入口のすぐ外で止まった。

会話が聞こえる。声というより、空気の震えが意味を運んでくる。


「……ここか? 最近、子どもが洞窟で転んだって」

「洞窟にダンジョンなんて、大げさだろ。せいぜいレベルの低い魔物がいる程度だ」

「ほら、入るぞ。剣は抜いとけよ」


レベル。

この世界でも、人間はレベルで語るらしい。


――なら、逆手に取れる。

“レベルが低い”と油断する人間は、ステータスの罠に弱い。


洞窟に、二人の男が入ってきた。

皮の鎧。短い剣。腰に小さな斧。猟師か、村の自警団か。

歩幅が大きい。だが、慎重さは薄い。洞窟に慣れているのだろう。


その瞬間、視界に新しい窓が開いた。


【〈オペレーション・ルーム〉発動】

侵入者:2名

推定職:狩人/狩人

危険度:低(対コア脅威:中)


――侵入者1

LV:3

STR:12 AGI:9 VIT:10 INT:6 MAG:0 SEN:7 WIL:8


――侵入者2

LV:2

STR:10 AGI:11 VIT:8 INT:7 MAG:0 SEN:6 WIL:7


……見える。数値が。

これが、この世界の“強さ”。


レベル3と2。数字だけ見れば大差ない。

だが、STRとVITは侵入者1が上。AGIは侵入者2が上。

役割は自然に分かれる。前に出るのは侵入者1。周囲を見るのは侵入者2。


そして、二人ともMAGがゼロ。魔法は使えない。

なら、罠は物理で通る。粘床は刺さる。


俺のUIに、予測ログが薄く流れた。


【予測戦闘ログ(簡易)】

現構成:スライム(小)×1/粘床(弱)/薄壁(仮)

目標:侵入者撤退

成功確率:72%

DR上昇:低(+)

ATT上昇:微(+)


成功確率72%。悪くない。

ただし“撤退”が目標だ。殺すのは駄目だ。


何故か?

直感が言っている。殺した瞬間、世界が本気になる。

村の自警団が来る。ギルドが来る。教会が来る。討伐隊が来る。

そしてコアが割られて終わりだ。


だから、帰宅させる。

負けを認めさせて、外へ返す。


侵入者1が、通路の先を覗き込んだ。

スライムが、ぷるんと動く。こちらを“敵”と認識したらしい。


「お、いたぞ。やっぱりスライムか」

「レベル低そうだな。すぐ片付く」


 侵入者2が、足元を見ずに一歩踏み出した。

 ――粘床。


ぬちっ、と足が沈む。動きが止まる。

人間の足首が、岩に飲まれたみたいに固定される。


「うわっ、なんだこれ!」

「罠か? いや、粘る……!」


侵入者1が助けようとして、同じ床に踏み込む。

重い体重がかかって、さらに深く沈む。VITが高いから耐えるが、動けない。


スライムが寄った。

ぷるぷると体を伸ばし、侵入者1のブーツにまとわりつく。


攻撃力は低い。STRもない。

だが、拘束はできる。粘床と合わせて、逃げ道を奪う。


侵入者1が剣を振るう。鈍い音。スライムの体が裂ける。

……裂けたのに、戻る。半透明の肉が、ぬるりと繋がる。


「くそ、切っても切っても――!」

「足が抜けねぇ! 引っ張れ!」


侵入者2が必死に足を引き抜く。AGIが高い分、粘床の抵抗に抗える。

だが、薄壁のせいで体勢が悪い。通路が狭く、支点が取れない。


予測ログが更新される。


【予測戦闘ログ(更新)】

侵入者2:脱出成功まで 8~12秒

侵入者1:脱出成功まで 20~30秒

スライム損耗:中

DR上昇:低(+)


……順調。

このまま追い込めば、二人は撤退する。


だが、侵入者1が焦って、無茶をした。

足が抜けないまま、剣を振り回し、粘床の上で体勢を崩したのだ。


転倒。

顔面から岩に突っ込む。


数値が跳ねた。


侵入者1:VIT 10 → 8(負傷)

WIL 8 → 6(恐怖上昇)


まずい。

このまま放置すれば、窒息か、出血か、あるいはパニックで心臓が――

俺は殺さないと決めた。事故死は“殺した”と同じ結果を招く。


だが、帰宅転送はまだ未成熟。どう発動する?


UIの隅が、赤く点滅した。


【救命結界:未成熟】

発動条件:対象HP 0直前/またはWIL 0直前

制御:不安定(CTL不足)

発動回数:本日 1 / 1


本日1回。

つまり、今しかない。


侵入者1のHP表示はないが、VITが落ちている。危ない。

スライムが寄れば、さらに恐怖が上がる。WILが削れれば、発動条件に近づく。


――なら、あえて追い込む。

“死なないライン”で、強制転送させる。


スライムが、侵入者1の顔へ伸びた。

酸でも溶解でもない。ただ、視界を覆う。呼吸を奪いかける。


「う、うわ……! やめ――っ!」


WILが落ちる。


侵入者1:WIL 6 → 3


まだ。もっと。

だが、やりすぎたらアウトだ。


侵入者2が叫ぶ。


「やべぇ! おい、撤退だ! 引っ張るぞ!」

「む、無理……息が……!」


侵入者1のWILが、さらに削れる。


侵入者1:WIL 3 → 1


今だ。


俺は、UIの中で“発動”を選んだ。選べるのか分からない。だが、直感で押し込む。


【救命結界 発動】


洞窟の空気が、わずかに鳴った。

目に見えない膜が広がり、侵入者1の体がふっと軽くなる。


次の瞬間、彼の姿が消えた。


残されたのは、岩に付着した血と、乱れた粘床の光沢だけ。

侵入者2が呆然と立ち尽くす。


「……え? 消えた? どこに――」

「……お、おい! 返事しろ! くそっ、ダンジョンだ! 本物だ!」


侵入者2は、恐怖で動きが硬くなる。

WILが下がったのが、数値で分かった。


侵入者2:WIL 7 → 5


だが、彼はまだ立っている。

帰宅転送は“本日1回”。もう使えない。

なら、残りは“撤退”させるしかない。


スライムは半分ほど削れているが、まだ動く。

侵入者2の足は、粘床から抜けかけている。AGIが高い。放っておけば逃げる。


逃がしていい。むしろ逃げて、噂を運べ。

ただし――「コアの場所」を悟られたくない。


侵入者2が踵を返し、入口へ走る。

薄壁が狭めた通路で肩をぶつけ、よろめきながらも外へ飛び出した。


足音が遠ざかる。

洞窟が静かになる。


その静けさの中、UIが更新された。


MANA:2/12 → 18/18

ATT:0 → 3

SUR:100%(直近1回)

DR:0%(直近1回)


マナが増えた。

死者はいない。致死率0%。

注目度は上がったが、まだ低い。許容範囲だ。


つまり――これが、この世界の“稼ぎ方”だ。

殺さずに、恐怖と達成感を引き出し、生存者を返す。


そして、何より重要な事実が一つ。


侵入者は、レベルで語っていた。

「レベルが低いから大したことない」と。


だが実際に刺さったのは、レベルではなくステータスの穴だ。

AGIが高い方は逃げた。STRとVITが高い方は粘床で詰み、恐怖で崩れた。

数値を見れば、最適解が選べる。


俺は、石のまま、運営者になる。


――殺さずに勝つ。

死亡率0%で、最も稼げる迷宮を作る。


まずは、コアを守るためのSEC。

そして、帰宅転送を安定させるCTL。

次に、侵入者を増やすLURE……いや、今は早い。注目度が上がりすぎる。


やるべきことは、山ほどある。

だが、初手は成功だ。


洞窟の奥で、水滴が落ちた。

その振動が、俺には拍手のように聞こえた。


────────────────

【迷宮日報:稼働1日目】

MANA:18/18

CAP:1/1

ATT:3

SUR:100%(直近1回)

DR:0%(直近1回)


侵入者ログ:

- 人数:2

- 推定ビルド:狩人(STR/VIT)+狩人(AGI)

- 学習点:人間はレベル神話で油断する。粘床は有効。転倒事故のリスク管理が必要。


改修・投資:

- 本日投資:なし(MANA不足)

- 生成:スライム(小)×1/粘床(弱)/薄壁(仮)

- 救命結界:発動1回(不安定)


次回課題:

- CTL強化(帰宅転送の安定化)

- SEC強化(コア秘匿、盗掘者対策)

- 粘床の“兆候”設計(理不尽にならない見せ方)

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