第2話 憂い
「あすか……運命の人を探すのよ。きっと大丈夫。」十年前。桜が舞い散る春、県で一番の病院の三階にある病室のベッドで母が入院していた。
私は母のベッドの手すりを握り、ずっと母の顔を覗いていた。すると、母は優しい表情を浮かべて、そっと私の頭をなでた。
暖かい日差しと少し冷たさを感じる母の手のひらの感覚は今でもうっすら覚えている。
それから十年と数ヶ月後、自宅の神社で掃除をしていたあの夏の暑い日、強い日差しにめまいがした。私はふと母の部屋に入りたくなった。
今まで誰も入らせて貰えなかった母の部屋だが、何かを感じたのか今すぐ入りたくて仕方なくなった。
私は階段を一段飛ばしで上っていき、長い廊下を歩いて行くと、母の部屋が見えてきた。
私はドアの前に立ち、扉のドアノブに手をかけ、深く深呼吸をし、強くドアノブをひねった。
するとそこには家具が無く、寂れた部屋になっていた。胸が強く締め付けるような苦しさと悲しく染み渡るような感情が私を襲いかかる。
何もない空箱のような部屋で私はまだ何かあると思い、ドアノブから手を離し、少しずつ部屋に入っていった。
辺りを見回すと、気になるものは無かった。だがカサカサと踏むたびに音が聞こえる気がした。下を向くとカーペットの隙間に一つ、古く黄ばんだ手紙のような紙を見つけた。
私は黄ばんだ紙を拾い上げ、真剣な表情で折られていた紙を開いていった。するとそこにはつたない文字で何かが書かれていた。これは間違いなく母の字だ。
「あすかへ、一つ言い忘れていた事がありました。運命の人はきっとこの国のどこかに居ます。名はまもる。すごく優しくて頼りになる少年です。どうか、彼をよろしくお願いします。」
そう書かれていた母の最後の手紙に涙がこぼれた。それが私と母の約束の続き、時を超えて私に届いた母の願いを私はあの時知ったのだった。
ーーー
「……な感じでさ、可愛かったんだよ。」
私が思い出に浸っている間にまもるは自慢するように何かを語っていた。
私は戸惑い、彼の二の腕を肘でつついた。
すると彼は気づき、不安そうな私を不思議そうに見つめた。
私は緊張と共に彼に謝った。
「まもるくん、ごめん。実は私、その話全然聞いてなかった。」
そう私は彼に申し訳なさそうに伝えると彼は私の両肩をつかみ、凝視した。
「嘘でしょ?僕がお前の赤ちゃんの時の思い出をこんなに熱く語っていたのにも関わらず!?」
彼が熱く語っていた内容がまさかの私が物心つく前の時の話を熱く語っていたのだった。
私は彼の強い視線に困り、そっぽを向いて、こくんと頷いた。
すると彼はそっと私の肩から手を離し、ぼそっと呟いた。
「そっか、そうなんだ……」
私は電撃が走るような悔しさが肩に走る。なぜあの時、彼の話を聞かなかったのだろうと。
私はドキドキと心臓の揺れを感じながら彼の厚手のコートをギュッとつかんで小声で呟いた。
「もう一度聞きたい……」
私がうつむいてコートをつかむ仕草に彼は胸を撃たれたのか、唇を強く噛み締めた。
「あの、えっと、何の話してたんだっけ。あはは、忘れちゃったよ。」
彼はあまりの可愛さに戸惑いを隠せずに公園の向こう側のビル街に移る曇り空を見つめて気を紛らわせた。
私は再び電撃が走るような悔しさが走った。
私が涙がこぼれそうになったその時彼は何かに気付いてビルのガラスを見たまま私の肩をポンポンと優しく叩いた。
「雪、雪だよあすか。」
彼の発言を聞き、私も空を見上げると、パラパラと雪が降り始めていた。
その時、公園の街灯が優しく暖かい光を放ち、辺りを照らした。光り輝くその姿はまるで夜空の星々のようだった。
私は彼に語りかけた。
「まもるくん。私ね、こうやって誰かと街中の冬景色見たことなくて。」
「しかも東京に来たのも初めてでこうやって運命の人とまるで小さなイルミネーションのような景色を一緒に見られたのがすごく嬉しいんだ。」
すると彼は私の肩の後ろに腕を伸ばしそっと肩組みをした。私が彼の横顔を覗くと、優しい表情で語りかけた。
「あすか、僕はお前に出会えてこの世で一番嬉しい。でも、この喜びは結婚生活にとっておきたいんだよ。」私ははにかむように笑い、彼と二人で日が沈む空をじっと見つめた。
すると彼はそっと私の肩から腕を離し、彼の頭の後ろで手を組んで私に問いかけた。
「あすか、これからどうするんだ?」
私は不思議そうに彼を見つめると、彼は深くため息をつき、じっと私をにらんだ。
「だからさ、運命の人が見つかったんなら実家に帰るのかって聞いているんだよ。」
彼の発言に私は深く共感した。運命の人が見つかったのなら東京にはもう用はない。ただ、もう日が暮れて辺りも暗くなっていた。この時間に帰ると夜道が危ないし、一体どうすればよいのだろう。
私がうつむくと、彼は前に一歩進んで私の方へ振り返った。
「じゃあさ、僕んち来なよ。」
まもるくんのお家?
私は気づいてしまった。これって恋愛でよくある彼のお家にご招待するというシーンにそっくりだと。
運命の人だと分かっているけど、いや余計に気にしてしまう自分がいた。
私は究極の選択を迫られていた。
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