バズったものが正解か?

結論から言うに、私の曲(=動画)は一曲たりともバズらなかった。

中には数本、1000回再生ほどまで達した曲もあったが、

創作あるあるだろうが、それはまったくもって、

自分的にはおまけのような曲ばかりであった。

そう。自分にとって「なんでこれが?」という曲がウケるのだ。

そして、その「なんでこれが?」を弾き出すため、

「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」を実践し、

曲を量産し、情熱が枯れ、野球でいう所の打率も落ち、

まったくもってなんの面白味もない、「承認欲求の奴隷」になったわけだ。

昔、「でんぱ組」というアイドルの曲の歌詞の中に、

「たくさん踊ってみたよ 再生数のため パソコンかじりついてた」

というような歌詞があった。

それを聴いていた当時の自分は、「なーんかかわいそ」っと思っていたが、

今は自分自身がまさにそれである。

ひどい話、「けっ、なんもかんも美人ならいいのかよッ」

などと最低なことを思ってしまうまで、私は地に落ちた。

バズる。バズるというのはどういうことなんだろう。

私はバズったことがないので、その皮膚感覚はわからない。

ただ、インターネットというものに触れると、私は否応なしで、

「バズらなければ価値がない」っと思いこんでしまうのだ。

最近は、再生回数の低迷などで、心を切り刻まれる回数が増えてきた。

「再生されない=自分には価値がない。」

私は現実に友達など一人もいない。その寂しさを埋める代替ツールとして、

インターネットが機能すると、いいことはやはりない。何度も何度も、

「これは自分の価値基準をYに求めていると〇ぬな」

っと自分でも言っていたのに。抜け出せん。

(俺は負のスパイラル、ジレンマを作る天才か。)

才能。才能ってなんだろう。次章ではそれについて深掘りしよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る