第3話 パートナーとの秘密


 恋咲とパートナー契約なるものを結んだ翌日。朝から学校へ行くのが、おっくうで仕方がなかった。もうすぐ教室に着くっていうのに、今すぐ引き返したい気分だ。


 クラスで1番可愛い女の子と隣の席なうえ、これから二週間ほぼ毎日、一緒にゲームをプレイする。こっちは一切望んでいないけど、ウチの学校の男子生徒からすれば、嫉妬するには十分過ぎる状況だ。


 ……あいつ、学校で不用意に絡んできたりしないよな?


 頭の中にちょっとした不安がよぎり、廊下で足を止める。

 その間も、他の生徒たちの動きは一切止まらない。

 俺を追い越して歩く人、明らかに部活終わりの人、小さな声で「邪魔」と呟く人。

 そして――


「おっはよう‼」


 学校で1番目立つ女の子にもかかわらず、平然と俺の背中を押してくる女の子とか。

 ……こいつ、自分の立場をちゃんと理解してるのか?

 まるで信じられないものでも見るかのように、通り過ぎた恋咲の背中を見る。


「どうかしたの? 急がないと学校にいるのに、遅刻になっちゃうよ」

「……お、俺に話しかけんな」


 足を止め、こちらを振り返ってきた恋咲に、思わず口から悪態が出てしまう。

 そのまま彼女の隣を通り過ぎ、俺はようやく教室に向かい歩き出した。


   ***


 やっちまった‼

 教室に着くなり、俺は自分の席で頭を抱えていた。

 原因はもちろん、恋咲へのさきほどの態度だ。

 いくらなんでもあれはないだろ。向こうは俺が目立ちたくないのを知らないんだぞ。


「……さすがに謝らないと」


 さっき廊下ですれ違ったのを考えると、恋咲もすぐに教室へ入ってくるはずだ。

 その時はこっそり謝ろう……目立たず、言うのは至難の業だけど。


 俺は身構えて教室前方にある出入口を監視していたが、最後に入ってきたのは――


「みなさん、席についてください」


 丸い眼鏡をかけた担任の女教師だった。

 あれ? 恋咲は一体どこに行ったんだ?


「日直の人は号令をお願いします」


 先生の指示に従い、教室の真ん中あたりに座る今日の日直が号令を出す。その間も恋咲の姿は現れない。

 まさか俺の言葉にショックを受けて、帰ったとか言わないよな?

 たしかに俺みたいな態度を取るやつ、恋咲の周りだと珍しいと――


「すいません……ちょっと遅れました」


 珍しく元気のない声で教室に入ってきた、煌めく金色の髪をした女の子。

 クラス全体の視線は前方の扉へ向き、黒板の前に立つ先生は慌てた様子で。


「ど、どうしたんですか⁉ 恋咲さんにしては元気がないですよ⁉ 病気ですか? 今すぐ救急車を――」

「だ、大丈夫です。その……ちょっとボーっとしちゃって」


 なんとも言えない複雑そうな笑みで、恋咲が誤魔化す。

 その笑みの理由に心当たりがある俺は、ついつい視線を背けたくなってしまう。

 でもそんな俺の不安を振り払うように、パン‼ と乾いた音が教室を支配した。


 恋咲が自分の両頬を叩いたんだ。


「おっはよ~う、みんな‼ 今日も一日、楽しもうね‼ 私なんて高校生になってから毎日、明日が楽しみ過ぎて眠れないぐらいだよ‼」


 いつもの一〇〇%の笑顔を浮かべたうえ、さっきまでの姿を寝不足と言う。

 そんな恋咲へのクラスメイトの態度は。


「やっぱり姫っちは、元気じゃないとな‼」

「そうそう。おかげで私たちも元気が出ちゃうもの」

「というか楽しみ過ぎて眠れないとか、可愛すぎるだろ」

「「「同感」」」


 その発言をあっさりと受け入れていた。

 この数日で早くもクラスの主導権を握った恋咲だ。少し変だとしても、誰も気にしないんだろう。まあ入学して数日で、ほとんどのクラスメイトから信頼されている恋咲もすごいけど。


「もう恋咲さん、夜はちゃんと寝ないとダメですよ」


 先生が人差し指を立てて、注意を促す。


「えへへ~、ごめんなさい」


 頭の後ろをゴシゴシと擦り、照れ臭そうな顔をする恋咲。

 小走りで自分の席へ向かう彼女と、思わず目が合ってしまう。


 クラスメイトたちも気づかないほんの一瞬。

 その時に見た恋咲の表情は、まさに真剣そのもので。


 朝のHRが終わっても、俺の胸に小さなしこりを残していた。


   ***


 一時間目の国語の授業。俺はなぜか隣の恋咲と机を合わせていた。

 授業が始まるなり恋咲が、


「先生、教科書を忘れちゃいました‼」


 と、大きな声で言ったためだ。


 直後、男子の間で『教科書贈呈争奪戦』が起きかけたけど、先生の英断で隣の俺が見せることになった。おかげで背中には今も、トゲトゲしい視線を感じ続けている。そんな監視が厳しい中で、恋咲がノートの隅に何かを書いて俺に見せつけてくる。


『さっきはごめんね。あれからずっと、十六夜くんが怒った理由を考えてたんだ』

『それで現実でも一人で居たいのかなって思ったの。だから――』


 ペラリとノートを捲り現れたのは、デカデカと書かれた。


『ごめんなさい』の文字だった。


 ……まさかさっき元気がなかったのは、恋咲なりに考えていたからか? それも俺なんかが怒った理由を?


 そんなの「勝手に怒った変なやつ」っていう認識で良いはずだ。現に中学時代、クラスメイトに同じことを言ったら、翌日からリアルソロプレイが確定したっていうのに。


 本当、変なやつ。


 気づけば、無意識に口元が綻んでいた。

 まるで中学時代、仕事場に入り浸っていた頃の感覚だ。

 だって何となく、少しだけ人と繋がった気がしたから。


 俺も自分のノートの隅に文字を書き出す。


『気にするな。それより俺も悪かった。あの言い方はなかったよな』

『それと、別に一人で居たいわけじゃない。ただ慣れてないんだ、人付き合いに』

『だけど恋咲みたいな可愛い女の子と接すると、否が応でも目立つから』

『それだけ気を配ってくれれば、別に声をかけてくれても構わない』


 数回ペン先をノックしたのちに見せた俺のノート。そこに書かれた文字を見た直後、また隣の恋咲がノートへ何かを書き連ねていく。それも自分のノートではなく、彼女の机側へ寄せていた俺のノートへ。


 書き終わった時、そこに記されていたのは文字の羅列だった。

 まさかこれって?


『ならさ。今度から学校だと、こっちでやり取りしようよ』


 どうやら俺の推測通りらしい。

 書かれた文字の羅列は恋咲の連絡先。

 恐らくメッセージアプリのアドレスと言ったところだろう。

 ウチのクラスでも、男子は一人も持っていない情報だ。


 ……いいのかよ、俺みたいな男に渡して。


 若干、恋咲の男に対する警戒心に不安を抱きそうになる。

 仮にウチの妹なら、小一時間は説教してところだ。

 でもこれは、信頼されてるってことなんだろうな。


 パートナー契約1日目(リアル)。

 不本意にも、クラスで1番可愛い女の子との秘密が増えてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゲームでもリアルでもクラスで1番可愛い女の子とパートナーになった リアルソロプレイヤー @sirodog

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画