第28話 新装開店の執行官
1. 「執行官(オフィツィーア)」の装い
大隊本部の片隅、接収された仕立て屋の作業場。ハインリヒは、鏡に映る自分の姿を厳しく査定していた。
彼が身に纏っているのは、凡庸なM43ではない。曹長時代から愛用し、幾多の死線を共にしてきたM40野戦服をベースに、大隊専属の職人に命じて徹底的な「改修(リフォーム)」を施したものだ。
「袖口を折り返し(フレンチ・カフス)に作り直せ。……そうだ、幅は広めに取れ。書き込みをした閻魔帳の端や、予備の拳銃弾を咄嗟に忍ばせられるくらいの余裕が欲しい」
「……腰のポケットを三センチ上げろ。胴を短く見せ、脚を長く見せる。……そうだ。腹周りも余分な遊びを削れ。呼吸を止めても構わん、第二の皮膚のように俺を締め上げるんだ」
「……襟をあと2センチ高くしろ。芯地を入れ、親衛隊(SS)の将校に相応しい『威圧感』を出すんだ」
襟元には、特務大隊の象徴「交差する手榴弾」の襟章。肩には、准尉の銀の編み込みに星が一つ輝く、戦時任官・少尉の銀色の肩章が誇らしげに据えられた。
職人の手によって、凡庸なM40の袖は、優雅な弧を描く将校仕様へと変貌した。
腕を組めば、その厚みのある折り返しがV-Shapeのシルエットをさらに強調し、彼が「ただの兵隊」ではなく、地獄の現場を差配する「執行官」であることを無言で誇示していた。
ウエストは限界まで絞られ、ハインリヒが呼吸をするたびに銀糸の肩章がわずかに上下する。上につけ直された腰ポケットから下は、まるで測ったかのような黄金比で、膝下ギリギリまで届く特注の細く長いジャックブーツへと繋がっている。
鏡に映るのは、不格好な「兵隊」ではない。
無駄なコストを全て削ぎ落とし、ただ『威圧』という利益を最大化するために設計された、地獄のマネキン。
そして仕上げに、ハインリヒは作業台に置かれた漆黒の布帯を手に取った。
銀糸で無骨に刺繍された文字は、『Dirlewanger』。
本来、この部隊にカフタイトル(袖章)の支給などない。だが彼は、鹵獲したソ連軍の軍旗を潰してこの「非公式な標章」を自作させた。
「……これを左袖に縫い付けろ。捕虜になる権利を放棄する『死刑執行状』だが……俺にとっては、この地獄という市場における唯一のライセンスだ」
職人が震える手で針を通す。黒地に浮かび上がるその名は、どのエリート師団の袖章よりも凶悪な輝きを放っていた。
帽子は、伍長時代から被り続け、すっかり頭の形に馴染んだ**クラッシュキャップ(旧型野戦帽)**だ。芯を抜き、将校用の銀コードを強引に縫い付けさせた「現場叩き上げ」特有のスタイル。
「……よし。これでようやく『経営陣』らしい顔つきになったな」
新調された高い襟を正し、胸にピンで固定された**一級鉄十字勲章(EK1)**を指先で弾く。
もはや単なる兵士ではなかった。
泥と血を資本に変え、敵味方の命を「清算」する、冷酷な執行官そのものであった。
2. 「役員報酬」としてのSd.Kfz.251
操車場に出ると、ハンス・ゲルバー曹長が、新品のSd.Kfz.251(中型半装甲車)のハッチを叩いて待っていた。
「……へっ。シュピース……いや、少尉。その襟の高さ、野戦服を正規軍の連中が見たら腰を抜かしますぜ。……だが、ディルレヴァンガーの『執行官』にゃ、それくらいの毒が必要だ」
「……見た目は信頼の証だ、ハンス。……さて、この『動く役員室』の調子はどうだ?」
ハインリヒが指差した装甲車は、側面に追加のMG42が据え付けられ、車体にはパルチザンを震え上がらせるための「髑髏」と「交差する手榴弾」の部隊マークが、真っ白なペンキで描かれている。
「クナンプが徹夜で調整しました。泥濘の中でも、馬を遥かに凌ぐトルク(馬力)を発揮します。……これなら、どんな不渡り物件(敵陣地)へも迅速な『訪問』が可能ですぜ」
3. 次なる「事業計画書」
ハインリヒは装甲車の助手席に乗り込み、新しい閻魔帳を開いた。
• ハインリヒ・ヴェーバー少尉: 執行官仕様の特注野戦服・装備一式、受領完了。
• 新規アセット: Sd.Kfz.251(重武装型)。
• 戦略的投資: 師団拡大を見据えた「現場での絶対的実績」の積み増し。および士官学校派遣のためのパイプ作り。
「……ヨハン、ミュラー! 乗り込め! ……これからは、この鉄の馬で市場を支配するぞ」
新調された高い襟を正し、ハインリヒは前方の深い森を睨んだ。
泥まみれの「汚れ仕事」は変わらない。だが、これからは「使い捨ての駒」としてではなく、地獄の部隊を動かす「執行官」として、より冷酷に、より大規模な清算を行っていく。
「……ハンス、エンジンをかけろ。……新しい『クライアント』が、地獄で待っている」
4. 組織拡大期の「先行投資」
1943年4月。ベラルーシ。
SS特務大隊は、これまでの戦果によりヒムラーから「連隊規模への拡大」を承認され、名称も**「SS特務軍団(SS-Sonderkommando)ディルレヴァンガー」**へと改称されつつあった。
組織が大きくなれば、中間管理職の椅子が増える。ハインリヒの「少尉」というポストは、まさにその急成長する組織が生み出した、血塗られた新設ポストだった。
「……組織がデカくなれば、それだけ『物流』の目が粗くなる。……そこが、俺たちの狙い目だ」
ハインリヒは、Sd.Kfz.251の助手席で地図を広げた。
軍団へと拡大中のディルレヴァンガー部隊にとって、最大の課題は「装備の不一致」だった。囚人上がりの雑多な兵士たちを、いかに「軍隊」らしく武装させるか。そのための資源調達(略奪と横領)が、執行官であるハインリヒの裏の任務でもあった。
5. 「不良債権(国防軍補給部隊)」
ハインリヒは装甲車のハッチを開け、高く改修した襟を正して姿を現した。
泥にまみれた国防軍の中尉が、恐怖と安堵が混じった表情で駆け寄ってくる。
ハインリヒはあえてハッチの縁に、銀糸の刺繍も誇らしげな左袖――『Dirlewanger』のカフタイトルを置いた。
「……き、貴官は……あの、ディルレヴァンガーの……」
中尉の視線が、その不吉な名に釘付けになる。まるで死神の名刺を突きつけられたかのように、彼は一歩後ずさった。
ハインリヒはそれを見逃さず、細く丈の長い特注ブーツを装甲車の鉄板に叩きつけ、高い音を立てて地上へ降り立った。
6. 契約:救出という名の「強制徴収」
「……中尉。……貴君のトラックは、このままでは数時間以内にパルチザンに『全損処理』される。……我々のSd.Kfz.251で牽引し、安全圏まで護衛しよう」
「救出および護衛の手数料として、積荷の燃料の半分と、予備のMG用銃身をすべて我々に譲渡(スピンオフ)する。……これにサインしろ。……拒否すれば、我々はここで『見物』に回るだけだ」
「な、なんだと……これは略奪だぞ!」
中尉が色をなして反論する。ハインリヒは冷ややかな笑みを浮かべ、わざとらしく左袖のカフタイトルを指先で弾いた。
「略奪? 心外だな。これは正当な『リスクヘッジ』だ。……我々がこの呪われた名を袖に巻いて戦うコストは、君たちの燃料よりも遥かに高い。……拒否すれば、我々はここで『見物』に回るだけだ。パルチザンに全損処理されるのと、我々にマージンを払うのと、どちらがマシな投資か、計算できないほど無能ではないだろう?」
背後の森から、パルチザンの狙撃音が響く。中尉に選択肢はなかった。
「……わかった! サインする! 助けてくれ!」
「……契約成立だ。……ヨハン、ワイヤーを繋げ! ……ハンス、MG42で周囲を『清掃』しろ!」
装甲車の強力なエンジンが唸りを上げ、国防軍が絶望していた重量を軽々と泥から引き抜いていく。
ハインリヒは、サインされた書類を懐に入れ、満足げに微笑んだ。
• 特務軍団への改組に伴う「自主的な資源調達」完了。
• 収益: 燃料、予備銃身、および正規軍との不透明なコネクション。
• 所感: 組織が軍団へと拡大する今、公式な補給を待つのは三流だ。一流は現場で「徴収」する。
7. 「待ち伏せ(不当な妨害)」の検知
牽引された国防軍のトラックを引き連れ、Sd.Kfz.251は泥濘の悪路を突き進んでいた。
ハインリヒは装甲車の助手席で、改修した高い襟に顎を埋めながら、周囲の森の動きを「査察」していた。
「……少尉、左前方の泥溜まり。……何かが動きましたぜ」
ハンスがMG42のグリップを握り直し、低く囁いた。
パルチザンたちは、泥に沈んだ獲物を仕留めようと、道沿いの斜面に深く潜んでいた。彼らにとって、鈍重なトラックは絶好の「配当金」だが、その先頭を走る「交差する手榴弾」の紋章を付けた装甲車の存在は、計算外だった。
「……ハンス、クナンプ。……敵の『待ち伏せ(エンブッシュ)』は、こちらの『予定(ルート)』に含まれている。……連中が引き金を引く前に、こちらから『先行投資(先制攻撃)』を行うぞ」
8. 装甲車の「火力デモンストレーション」
ハインリヒが右手を上げ、鋭く振り下ろした。
「……全門、営業開始(撃て)!!」
ダダダダダダダッ!!
装甲車の前後に据え付けられた二挺のMG42が、同時に火を噴いた。
泥濘で足を取られないキャタピラが地面を力強く蹴り、装甲車は停止することなく、敵の潜む茂みへと肉薄していく。
「……ヨハン! 左だ、逃げ遅れた在庫を掃除しろ!」
「了解、少尉!」
上等兵になったヨハンが、車体側面からMP40を乱射する。かつて泥の中で怯えていた少年は、今や「執行官」の忠実な手先として、冷酷に引き金を引き続けていた。
パルチザンたちは、自分たちの銃弾を弾き飛ばしながら突進してくる鉄の塊に驚愕し、泥の中から這い出して逃げ惑った。だが、その背中をハンスの精密な掃射が容赦なく刈り取っていく。
9. 「市場の平定」と、恐怖の刻印
わずか数分の「清掃作業」で、パルチザンの待ち伏せ部隊は壊滅した。
泥濘に散らばる敵の遺骸を、ハインリヒは装甲車のハッチから見下ろした。その表情には、勝利の喜びも、殺戮への嫌悪感もない。ただ、「予定通りの工程を終えた」という事務的な冷徹さだけがあった。
後続の国防軍兵士たちは、そのあまりの「残酷な効率性」に、感謝よりも先に戦慄を覚えていた。
「……中尉。……邪魔な『障害物』は排除した。……これより安全圏まで送り届ける。……ただし、忘れるな。……君たちが今日生き残ったのは、ディルレヴァンガー特務部隊の『温情』によるものだということを」
ハインリヒは、一級鉄十字勲章が輝く胸元に手を当て、皮肉な笑みを浮かべた。
夕刻。無事に拠点へ到着した国防軍のトラックから、約束通りの燃料と銃身が、ハインリヒの装甲車へと「納品」された。
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