第24話 拠点のデッドラインと、強欲な防衛
1. 泥まみれの「特別配当」
鉄道拠点の倉庫裏。ハインリヒたちは、支給された温かいスープ――とは名ばかりの、具の少ない塩水――を啜っていた。
泥を落とし、乾いた服に着替えただけで、新兵のヨハンやミュラーの顔には人間らしい色が戻っている。
「……シュピース。ここの倉庫、見たか? 泥濘で足止めを食らった『在庫(物資)』が山積みだぜ」
ハンスが、憲兵の目を盗んでくすねてきたと思われる、本物のソーセージを一切れ口に放り込みながら言った。
「ああ。……だが、在庫が積み上がっているということは、ここがパルチザンにとって『最も魅力的な市場(標的)』だということだ。……ハンス、食えるうちに食っておけ。……嵐の前の静けさだぞ」
2. 「監査」の再開と、緊急発注
その時、拠点の拡声器が、割れた音で警報を鳴らし始めた。
それと同時に、先ほどの憲兵曹長が、血相を変えて俺たちの元に走ってきた。
「ヴェーバー曹長! 貴様ら、まだ動けるな! 拠点北側の操車場にパルチザンの大規模な集団が接近中だ!」
「……おやおや、曹長。我々は今さっき『留置(待機)』を命じられたばかりですが? ……疲弊した社員に無理な残業をさせるなら、それ相応の『手当て』が必要ですよ」
俺は空になったスープの皿を置き、閻魔帳をパラパラと捲ってみせた。
「……何を抜かすか! 非常時だぞ!」
「非常時だからこそ、適正な契約が必要です。……あそこの倉庫にあるMG34の予備弾薬と、それから……あそこに停まっている装甲貨車を自由に使わせてください。……そうすれば、我々が『外注業者』として、その北側のトラブルを解決してやりましょう」
憲兵曹長は、一瞬迷う素振りを見せたが、遠くから聞こえ始めたパルチザンの喊声(かんせい)に背中を押された。
「……わかった! 好きにしろ! ただし、一歩も通すなよ!」
3. 「装甲貨車」という名の特装車
俺たちは、泥まみれの馬たちを労いつつ、操車場に鎮座していた装甲貨車に乗り込んだ。
それは無骨な鉄板で覆われた、移動する要塞だ。
「ハンス、配置につけ! ヨハン、ミュラー、お前らは弾薬の搬送だ! ……オットー伍長、第5中隊の連中を貨車の両脇に配備しろ。……ここが俺たちの新しい『オフィス』だ!」
ハンスが、貨車の銃眼にMG34を据え付け、一級鉄十字勲章を光らせながら咆哮した。
「正規SS元曹長の技、たっぷり見せてやるぜ! ……シュピース、この『移動店舗』、なかなかの住み心地じゃねぇか!」
霧の向こうから、鉄路を破壊しようと殺到するパルチザンの波が見えた。
彼らは、まさか泥濘に沈んだはずのドイツ軍が、これほどの火力を維持しているとは思っていなかっただろう。
4. 決算の銃声
「……撃て(営業開始だ)!」
俺の号令とともに、装甲貨車から怒涛の火線が放たれた。
ハンスの正確無比な掃射が、鉄路に取り付こうとする敵をなぎ払う。
ヨハンたちが、略奪(交渉)したばかりの潤沢な弾薬を次々とハンスに「納品」していく。
「……ハインツ上等兵! 左翼から回り込もうとする奴らを狙え! ……オットー伍長、手榴弾で足止めだ!」
泥濘の行軍で磨き上げられた「混成チーム」の連携が、拠点の守備隊さえも驚かせるほどの効率で敵を粉砕していった。
5. パルチザンの「特攻型営業」
装甲貨車からのMG34の掃射は、鉄路に近づくパルチザンを次々となぎ払っていた。だが、霧の向こうで彼らの戦術が変化する。
「……シュピース! 奴ら、何かデカいもんを引きずってきやがったぜ!」
ハンスが銃眼から目を離さずに叫ぶ。
泥濘に足を取られないよう、複数の馬に引かせた「巨大な木製ソリ」が数台、こちらに向かって猛スピード(泥の中では異例の速さ)で突っ込んできた。ソリの上には、鹵獲された航空爆弾や爆薬箱が山積みになっている。
「……なるほど、自爆特攻か。人命を無視した『不当な安売り』を仕掛けてきやがったな」
俺は双眼鏡を放り投げ、貨車の中にある「資産」を即座に検分した。
6. 37mm砲の「即時再稼働」
貨車の隅には、泥まみれで使い物にならないと放置されていた**37mm対戦車砲(PaK 36)**が転がっていた。拠点の守備隊は「故障中」として資産計上していなかった代物だ。
「クナンプ! あのジャンク品を叩き起こせ! 精度はどうでもいい、あのソリをこちらに届く前に『受け取り拒否(爆破)』するぞ!」
「了解です曹長!……ボルトが生きてりゃ、こいつはまだ『現役』だ!」
クナンプが泥を拭い、無理やり薬室をこじ開ける。ハンスがMG34で敵の歩兵を釘付けにしている間に、クナンプとヨハンが必死に砲身の角度を調整した。
「……シュピース、来るぞ! あと150メートルだ!」
「……撃て(受領拒否だ)!」
カァン!!
37mm砲の乾いた発射音が狭い貨車内に響き渡る。放たれた榴弾は、先頭の爆薬ソリの足元で炸裂した。
ドガァァァァァァン!!
地響きとともに、パルチザンの爆薬ソリが巨大な火柱に変わった。周囲の泥を数百メートル先まで吹き飛ばし、後続のパルチザンたちを爆風でなぎ倒す。
7. 憲兵隊への「追加請求」
爆発の余韻が冷めぬ中、俺は憲兵曹長が腰を抜かしている指揮所へ無線を入れた。
「……こちらヴェーバーだ。特攻部隊を阻止した。だが、こちらの37mm砲の残弾が心許ない。……倉庫にある『予備在庫』を全てこちらに回せ。……あと、働き詰めの部下たちに、最高級のタバコと、それから『本物のコーヒー』を1ケース支給しろ。……拒否するなら、次のソリはわざと通してやるぞ?」
無線機越しに曹長の引きつった声が聞こえる。
『……わ、わかった! すぐに運ばせる! 頼む、そこだけは死守してくれ!』
「交渉成立だ」
俺はハンスと顔を見合わせ、泥だらけの顔に薄い笑みを浮かべた。
8. 拠点の「市場支配」
ヨハンやミュラーが、次々と運び込まれる「報酬(弾薬と嗜好品)」を見て、信じられないといった顔をしている。昨日まで泥を啜っていた自分たちが、今や拠点の憲兵を顎で使っているのだから。
「シュピース。……あんた、本当に地獄の門番を相手にしても『仲介手数料』を取りそうだな」
ハンスが、新しく届いたコーヒーの粉を指で舐めながら、満足げに言った。
「当然だ。命を懸けて働く以上、適正な『利益』を享受するのは労働者の権利だからな」
鉄路を守る装甲貨車。そこはもはや、泥濘に沈むドイツ軍の敗残部隊ではなく、ハインリヒ・ヴェーバーという営業課長が支配する「最強の独立オフィス」と化していた。
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