第21話 凍てつく防衛線と、地雷の「納品」

1. 1943年2月22日、深夜

 静寂が、一番の毒だ。

 108高地の「オフィス」は、吐く息が瞬時に凍りつくほどの静寂に包まれていた。

「……シュピース。例の『不良在庫(対戦車地雷)』、仕込みは終わったぜ。クナンプの野郎、指を凍らせながら信管を弄ってやがった」

 ハンスが、MG34の冷たい冷却ジャケットを撫でながら、俺の隣で低く笑った。

 第5中隊が持ち込んだ対戦車地雷は、本来、パルチザンが持たないような重戦車を仕留めるためのものだ。人間の体重ではただの鉄の円盤に過ぎない。

 だが、俺はそれを放置するような「無能な経営者」ではない。

「……クナンプ、感度はどうだ?」

「……バッチリです、課長。対歩兵用手榴弾の信管を無理やり連結(バイパス)させました。……猫が踏んでも、パルチザンが転んでも、一撃で『決算(爆発)』しますよ」

 クナンプの職人技によって、対戦車地雷は広範囲をなぎ払う凶悪な「大型対人トラップ」へと生まれ変わっていた。

2. 閻魔帳の「配役」テスト

「……全員起こせ! 総攻撃だ!」

 俺の号令とともに、陣地が騒がしく動き出す。

 俺は閻魔帳を片手に、新しく合流した兵士たちの配置を確認した。

「オットー伍長! お前の部下を連れて第2射点へ! 指の震えを止めろ、お前の今日の仕事は『弾運び』じゃない、部下の『射撃指揮』だ!」

「ハインツ上等兵! 右目が利かない分、左耳で敵の足音を拾え! 敵が接近したら照明弾を上げろ、お前が俺たちの『早期警戒システム』だ!」

 絶望に沈んでいた敗残兵たちも、ハインリヒに明確な「タスク(納期)」を提示され、背後にハンスという名の「SS元曹長(鬼監督)」が控えていることで、かろうじて兵士としての輪郭を保っていた。

3. 「セキュリティ・システム」の過剰作動

 森の境界線から、数百の「白い影」が湧き出した。

 彼らは、正面の強固な防衛線を避け、俺たちが閻魔帳に記した「死角」――高地の裏手にある、緩やかな林道へと殺到した。

「……ハンス、見てろ。新入りたちの『土木工事』の成果だ」

 パルチザンの先頭集団が林道に足を踏み入れた、その瞬間。

 ドガァァァァン!!

 雪煙とともに、林道が文字通り「消失」した。

 対戦車地雷の膨大な炸薬が、クナンプの細工によって人間一人の体重で起爆したのだ。それは「爆発」というより、地面そのものが噴火したような衝撃だった。

「うわあああ! なんだこの威力は! 重砲か!?」

 背後を突いたつもりが、自分たちの数倍の質量を持つ「大型地雷」の直撃を受けたパルチザンたちは、一瞬で組織的な動きを喪失した。

「ヨハン、ミュラー! よくやった! お前ら一等兵の指導(OJT)は合格だ!」

 俺はMP40を構え、林道の爆炎に照らし出された敵の影を狙った。

「さあ、ハンス! 受注のピーク(総攻撃)だ! 在庫の弾丸を、一人残らずパルチザンの身体に『納品』してやれ!」


4. 営業妨害(猛烈なカウンター)

 地雷原での大爆発は、パルチザンにとって計算外の「初期損失」だった。

 林道に立ち込める真っ黒な爆煙が、雪原の白さと対照的に闇を汚していく。

「……ハンス! 敵の先遣部隊がパニックを起こしている! 今が『クロージング(掃討)』の絶好のタイミングだ!」

「合点承知だ、シュピース! 野郎ども、耳を貸せ!」

 ハンスが、MG34の三脚を泥に蹴り込み、固定を確認した。

「正規SS師団の元曹長、ハンス・ゲルバーが直々に射撃の見本(デモンストレーション)を見せてやる。一発も外すんじゃねぇぞ!」

 ダダダダダダダ!!

 MG34の独特な高サイクルな発射音が、凍てつく空気を熱で震わせる。

 ハンスの放つ弾条は、パルチザンたちがパニックを起こして密集している箇所を、まるで外科手術のように正確になぎ払っていった。

5. 敗残兵たちの「自己肯定」

 ハンスの圧倒的な火力を目の当たりにし、第5中隊の生き残りたちにも変化が現れた。

 これまでは死を待つだけの「不良在庫」だった彼らが、閻魔帳で与えられた役割を全うし始めたのだ。

「……狙撃ポイント、確保! 敵の指揮官らしき影を視認しました!」

 右目が不自由なはずのハインツ上等兵が、左目をスコープに押し付け、鋭く叫んだ。

「よし、ハインツ! その『客』を逃すな。お前の左目は、俺たちの会社の最高性能の『センサー』だ!」

 パァン!

 ハインツの放った一撃が、森の影で指示を飛ばしていたパルチザンのリーダーを捉えた。

 

「……やった。俺……まだ、やれます、ヴェーバー曹長!」

 ハインツの顔に、血の気が戻る。絶望という名の病は、成功体験という名の「報酬」によってのみ治癒される。

「オットー伍長! お前の班で敵の右翼を叩け! 弾薬は一等兵のヨハンが運ぶ! 連携(チームワーク)を見せろ!」

 かつて第5中隊で死にかけていたオットー伍長が、雪を蹴って前進する。

 SS元曹長のハンスが圧倒的な暴力で前線を支え、ハインリヒが閻魔帳のデータを基に人員を最適化する。バラバラだったピースが、一つの「殺戮機械」として組み上がっていく。

6. パルチザンの「経営判断(敗走)」

 林道の地雷、ハンスの精密掃射、そして死に物狂いになった敗残兵たちの逆襲。

 パルチザンの指導部は、108高地という「支店」の攻略コストが、予想を遥かに上回っていることを悟った。

「シュピース! 奴ら、森の奥へ引き始めてやがる!」

「……逃がすな! と言いたいところだが、追撃して『在庫(弾薬)』を使い果たすのは得策じゃないな」

 俺はMP40のボルトを戻し、荒い息を吐いた。

「ハンス、射撃中止。……オットー伍長、部下を呼び戻せ。……とりあえず、今夜の『取引』は、我々の大幅な黒字で決着だ」

 108高地に、再び重苦しい静寂が戻ってきた。

 だが、そこには先ほどまで漂っていた「絶望の匂い」はなかった。あるのは、硝煙と、生き残った者たちの荒い呼吸。そして、自分の居場所を再確認した兵士たちの、静かな熱気だけだった。


7. 勝利の「特別配当」

 戦闘が止み、耳の奥に残るキーンという金属音が静寂に溶けていく。

 俺たちは、石造りの農屋の暖炉に、パルチザンから「査収」してきた貴重な薪を放り込んだ。

「……まずは、本日の『決算報告』だ。ハンス、オットー、皆によくやったと伝えてくれ」

 俺は閻魔帳に最終的な数字を書き込み、懐から例のシュナップスのボトルを取り出した。

「配当金だ。一等兵のヨハンとミュラーには多めに。……それから、ハインツ上等兵にもな。あの左目の『精密射撃』がなけりゃ、今頃俺たちは別の地獄にいた」

 酒が回ると、兵士たちの強張った顔がわずかに綻ぶ。

 M40オーバーコートを脱ぎ、焚き火の熱でウールの湿気を飛ばす。その蒸気とともに、戦場の毒が抜けていくような、束の間の「休息」という名の報酬だった。

8. ヴォルフ少尉との「長期経営計画」

 農屋の隅で、ヴォルフ少尉が怪我をした腕を庇いながら、俺が差し出したカップを受け取った。

「……ヴェーバー曹長。正直に言おう。……私は、自分の部下たちはもう全滅(倒産)するのを待つだけだと思っていた。……だが君たちは、彼らを再び『兵士』に戻した」

「……少尉、誤解しないでください。私は慈善事業(ボランティア)で彼らを助けたわけじゃない。……この先、戦況はさらに悪化します。……スターリングラードの穴を埋めるために、本社(ベルリン)は無理な増資(徴兵)と不毛なノルマ(死守)を繰り返すでしょう」

 俺は火を見つめながら、今後の「長期経営計画」を口にした。

「これからの俺たちの仕事は、勝つことではありません。……**『いかに賢く、負債(死傷者)を減らしながら、この泥沼の市場を撤退するか』**です。……そのためには、今日のような混成部隊の連携が不可欠なんです」

「……撤退か。正規の将校である私には、重い言葉だ」

 ヴォルフ少尉は苦笑したが、その瞳は俺の言葉の「合理性」を認めていた。

9. ハンス・ゲルバーの「現場の視点」

「シュピース。長期計画もいいが、現実的な『在庫管理』も忘れるなよ」

 ハンスが、MG34の分解清掃をしながら割り込んできた。

「パルチザンは今日で懲りたわけじゃねぇ。むしろ、俺たちの『資産(弾薬)』が減るのを待って、また大きな揺さぶりをかけてくる。……それも、次はもっと汚い手でな」

「分かっている。……だからこそ、次は攻める。……防衛戦はコストがかかりすぎるからな。……少尉、貴方の部下に無線に詳しい奴がいたな。……明日はそいつを使って、パルチザンの『社内通信(連絡網)』を傍受させる。……敵の次回の『営業予定』を先読みするんだ」

 石造りの農屋に、暖かな火の粉が舞う。

 「元・SS曹長」のハンス、「正規将校」のヴォルフ、「営業課長」のハインリヒ。

 身分も過去もバラバラな三人が、生き残るという唯一の「経営目標」のために、一つの戦略を共有した瞬間だった。

「……よし。……ハンス、交代で見張りだ。……兵どもにはたっぷり寝かせてやれ。……明日の朝からは、また地獄の『営業活動』が始まるんだからな」


【第21話 業務報告書(総括)】

• 報酬: 特別配給(シュナップス)による士気維持。

• 戦略合意: ヴォルフ少尉との長期的な「生存優先方針」の共有。

• 次期計画: 通信傍受による敵情報の収集と、先制攻撃の検討。

• 所感: 108高地グループは、今や「防衛拠点」から「独立した軍事事業体」へと進化しつつある。

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