第18話 在庫の逆転調達(強制査収)

1. 24時間の「先行投資」

 11月中旬、深夜。ベラルーシの森は、吐く息が瞬時に凍りつくほどの極寒に支配されていた。

 108高地の「支店(陣地)」は、もはや空の薬莢と、数えるほどしか残っていない弾薬箱が転がるだけの「倒産寸前の店舗」だった。

「いいか、野郎ども。よく聞け」

 俺は、重いM40オーバーコートのボタンを喉元まで厳重に留め、新兵たちの前で声を潜めた。

「本社の補給(デリバリー)は来ない。待っていれば、明日の朝にはパルチザンに『買収(全滅)』されるだけだ。……だから、こちらから出向く。奴らが奪った俺たちの鉄道貨物、そして奴らが溜め込んでいる食料と弾薬を、今から**『強制査収』**しに行くぞ」

 兵士たちの間に、困惑と、それ以上に「やるしかない」という狂気が混じった熱気が広がる。

 ハンスが、凍りついたMG34のボルトを力任せに引き、金属音を響かせた。

「シュピース、攻めっ気たっぷりだな。……で、営業ルート(侵入経路)は?」

「クナンプが、昼間の戦闘で敵の撤退経路を『測量』してくれた。奴らの拠点は、この先3キロの廃村にある。……ハンス、お前は37mmと50mmの残弾を全て使い切って、村の正面に派手な『挨拶(牽制)』を叩き込め。その隙に、俺と選抜メンバーで裏口から『契約の締結(急襲)』に向かう」

2. 深夜の「飛び込み営業」

 俺たちは重いウールコートの裾を捲り上げ、膝まである雪を掻き分けながら森を進んだ。

 このコートは温かいが、隠密行動には向かない。だが、この極寒の中で体温を失うことは、銃が動かなくなることと同義だ。

「曹長……本当に、パルチザンのアジトに食料なんてあるんでしょうか?」

 ヨハンが、震える手でMP40を握りしめながら囁く。

「あるはずだ。奴らはこの一帯の農村から『みかじめ料』として、大量の穀物と家畜を吸い上げている。……俺たちが飢えているなら、奴らも同じだ。なら、早い者勝ちだろう?」

 やがて、木々の隙間から、パルチザンが占拠している廃村の灯りが見えてきた。

 焚き火の匂い。そして、奴らが奪った我が軍の缶詰を温める、忌々しいほど美味そうな匂いが漂ってくる。

「……ハンス、始めろ」

 俺が小型無線機で囁いた直後。

 遠く108高地から、クナンプが調整した50mm砲の咆哮が轟いた。

 ッゴォォン!!

 精密な砲撃が、村の正面にある見張り塔を一撃で粉砕する。

 村の中がパニックに陥り、白い影たちが正面の防壁へと駆け出していく。

「よし、今だ! 営業(突入)開始!!」

3. 在庫奪還(ショッピング)の始まり

 俺たちは廃村の裏手、ボロボロの納屋の壁を蹴破って中に飛び込んだ。

 そこには、俺の予測通り、山積みにされた小麦の袋と、そして……ドイツ軍の文字が刻まれた弾薬箱の山があった。

「ビンゴだ。……ヨハン、ミュラー! 弾を詰めろ! 使えるものは全部持ち帰るぞ!」

「ウラー!!」

 奥の建物から、武器を手に取ったパルチザンたちが飛び出してきた。

 俺はMP40を腰だめに構え、容赦なく火を噴かせた。

「悪いな! これは元々、俺たちの『予算』だったんだ。……利子をつけて返してもらうぞ!」

 狭い納屋の中で、硝煙と悲鳴、そして肉が焼ける匂いが充満する。

 ハインリヒたちは、もはや軍人ではなかった。飢えと寒さから仲間を守るために、手段を選ばず略奪し、殺戮する「ディルレヴァンガーの野獣」そのものへと変貌していた。


4. 査収完了と「過積載」の撤退

「シュピース! 回収完了です! 弾薬箱6つ、それからこの袋……全部ジャガイモと塩漬けの肉です!」

 ミュラーが、パルチザンから奪い返したソリに物資を積み込みながら叫ぶ。

「よし、欲張るな! 積めるだけ積んだら即撤退だ。……ハンス、あと何発残っている!」

 無線機の向こうで、ハンスの怒鳴り声が響く。

『……37mmの榴弾はあと3発だ! 50mmも底を突いた! 早くしやがれシュピース、村の連中がこっちの正体に気づいて、裏手に回り込み始めてるぞ!』

「了解だ、ハンス。今すぐ『退社』する!」

 俺たちは重いソリの綱を肩にかけ、雪の中に足を踏み入れた。

 M40オーバーコートの重厚な生地が、吹き付ける吹雪と寒さを跳ね返す。だが、奪った物資の重みで、一歩進むごとに膝まで雪に沈み込む。

「曹長、パルチザンが……すぐそこまで来てます!」

 しんがりを務めるヨハンが、背後の暗い森に向かってMP40を乱射する。白い防寒着を着た影たちが、木々の間を縫うようにして、恐るべき速度で接近してくる。

5. 営業課長の「非情な損切り」

 追い詰められた。

 雪はさらに激しさを増し、ソリを引く速度は目に見えて落ちている。このままでは108高地に辿り着く前に、背後から「強制解雇(全滅)」を食らう。

「ミュラー、ヨハン! そのジャガイモの袋を半分捨てろ!」

「えっ!? せっかく手に入れたのに!」

「命より重い在庫(物資)はない! 速度が上がらなきゃ、全員死体になってこの雪に埋まるだけだ! やれ!!」

 断腸の思いで、貴重な食料の一部を雪原に放り捨てる。

 軽くなったソリが、わずかに速度を上げた。

 俺は立ち止まり、追いすがるパルチザンの影に向かって、せしめてきたばかりの**柄付き手榴弾(ポテトマッシャー)**を次々と投げ込んだ。

 ドォォォォン!!

 雪煙が舞い上がり、敵の視界を遮る。

「走れ! 108高地の火光(明かり)が見えるまで止まるな!」

6. 108高地への「帰社」

 地獄のような行軍の末、ようやく108高地の陣地が見えてきた。

 クナンプが放った最後の照明弾が、暗い空を白く染め上げる。

「戻ったぞ! ゲートを開けろ!」

 俺たちは転がり込むようにして、自分たちの塹壕へと滑り込んだ。

 

 ハンスが、銃身が真っ赤に焼けたMG34を放り出し、駆け寄ってくる。

「……無事か、シュピース! 物資はどうした!」

「……ああ。……予定よりは目減りしたが、明日の朝飯と、奴らの頭にブチ込む弾薬は確保した」

 俺は、雪と泥で汚れ、氷のように冷たくなったM40オーバーコートの襟を緩めた。

 肩章の銀縁は曇り、全身は疲労で感覚がなくなっていたが、奪ってきた弾薬箱を開けると、そこには鈍く光る7.92mm弾がぎっしりと詰まっていた。

「……ハンス。……これで、第3中隊の『営業継続』が可能になったな」

「……全くだ。……あんたみたいな無茶苦茶な曹長の下じゃ、死ぬ暇もねぇよ」

 俺たちは、震える手で奪ってきたばかりの冷たい肉の塊を口にした。

 ベラルーシの深い夜。補給を断たれたはずの第3中隊は、略奪という名の「逆転営業」によって、再びその牙を研ぎ始めた。


【第18話 業務報告書(査収完了)】

• 獲得資産: 7.92mm弾薬、手榴弾、および食料(約3日分)。

• 損害: 負傷者1名(軽傷)、装備の著しい摩耗。

• 教訓: 供給が途絶した際は、競合他社の資産を自社の資産として組み込む「M&A(略奪)」を積極的に検討すべきである。

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