第11話 盗まれたブランデーと、営業課長の「謝罪行脚」
1. 業務命令:重大なクレーム発生
その日の朝、俺は胃の痛みで目を覚ました。
二日酔いではない。ストレスだ。
昨日、魔王(ドクター)に「渉外担当」に任命されてから、嫌な予感しかしない。
案の定、伝令が飛んできた。
「ヴェーバー伍長! 大隊本部へ! ドクターがお呼びです!」
恐る恐る指揮所に入ると、ディルレヴァンガー博士(社長)が、不機嫌そうに机を指で叩いていた。
その横には、シュミット少尉が青い顔で縮こまっている。
「……ヴェーバー。ウチの馬鹿社員どもが、またやったぞ」
博士が顎で指した先には、一枚の抗議文があった。
差出人は、隣接する国防軍(ヴェーアマハト)の砲兵中隊。
「昨夜、第2中隊のクズどもが、砲兵隊の倉庫から**『フランス産ブランデー』**を3ケース盗み出したらしい。向こうの隊長は激怒している。『返さなければ、次回の支援砲撃は貴様らの頭上に落とす』だそうだ」
俺は天を仰いだ。
支援砲撃なしでパルチザンと戦えというのは、死刑宣告に等しい。
そして何より、「重要な取引先(国防軍)」を怒らせるのは、営業として最悪の失態だ。
「行ってこい、ヴェーバー。話をつけてこい。……失敗したら、盗んだ奴らと一緒にお前も銃殺だ」
2. 営業課長の「謝罪セット」
俺は即座に行動を開始した。まずは現状把握(ヒアリング)だ。
泥棒をした第2中隊の兵舎へ行き、犯人を締め上げた。
「酒はどこだ! 全部飲んだのか!?」
「い、いえ! まだ1本しか……残りは隠してあります!」
俺は残りのブランデーを回収した。2ケースと11本。
1本足りない。これでは「現物返還」だけでは許してもらえないだろう。
俺はハンスに命じた。
「ハンス、俺の私物入れから**『金の指輪』を持ってこい。……ああ、あの死体からくすねたヤツだ」
「えっ? 伍長、あれは老後の資金じゃ……」
「背に腹は代えられん。『菓子折り(手土産)』**が必要なんだよ」
俺は例の**「勝負服(開襟ネクタイ&初期型マァシュシュティーフェル)」**に着替え、回収した酒と「菓子折り」を持って、国防軍の陣地へ向かった。
3. 激怒する「取引先」
砲兵中隊の陣地は、ピリピリしていた。
俺がサイドカーを降りると、歩哨が銃を向けてきた。
「ディルレヴァンガーの盗っ人め! よく顔が出せたな!」
俺は両手を挙げ、穏やかな営業スマイルで対応した。
「当方、部隊長の代理で参りました、ヴェーバーと申します。中隊長殿に、陳謝に伺いました」
通されたテントの中には、顔を真っ赤にした砲兵大尉がいた。
典型的な、プライドの高いプロイセン軍人だ。
「貴様か! よくも神聖な軍需品を盗みおって! 貴様らのような犯罪者集団は、ソ連兵より先に我々が粛清してやる!」
大尉の怒号が飛ぶ。普通の兵士なら縮み上がるところだ。
だが、俺は**「元・営業課長」**。激昂するクレーマーの対応など、数え切れないほど経験してきた。
俺は帽子を取り、カカトを揃え、腰を45度に折った。
**完璧な、日本式の「お詫び」**だ。
「この度は、弊社の従業員(部下)が多大なるご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした!!」
大声での謝罪。そして微動だにしない深々としたお辞儀。
大尉が気圧されて言葉を詰まらせた。
「う……む?」
4. 「損して得取れ」の交渉術
俺は頭を上げ、悲痛な面持ち(演技)で続けた。
「管理不行き届きは、全て私の責任でございます。……こちら、回収した現物でございます」
俺はブランデーのケースを差し出した。
大尉が数を確認する。
「……おい、1本足りないぞ」
ここだ。ここが勝負所だ。
俺は懐から、小さな布袋を取り出した。
「はい。その1本につきましては……誠に勝手ながら、こちらの**『利子』**をつけて補填させていただきたく存じます」
大尉が袋を開ける。中には、金の指輪が入っていた。
酒1本の値段をはるかに超える価値がある。大尉の目が泳いだ。
「こ、これは……」
「部隊長からの、個人的な『お詫びの印』でございます。……どうか、これで手打ちにしていただけないでしょうか?」
大尉は咳払いをした。怒りはすでに消え、目の前の「利益」に関心が移っている。
さらに俺は畳み掛けた。
「それに……我々のような汚れ役が前線にいることで、大尉殿の部隊の手を汚さずに済むことも多々あるかと存じます。今後とも、**『良好なパートナー関係(支援砲撃)』**をお願いできませんでしょうか?」
脅しではない。**「Win-Winの提案」**だ。
大尉は指輪をポケットにしまい、ニヤリと笑った。
「……ふん。貴官のような話の分かる下士官がいるとは思わなかったな。いいだろう。今回は不問に処す」
5. 営業課長の背中
帰り道。ハンスが感嘆の声を上げた。
「すげぇ……あんなに怒り狂ってた大尉を、最後は笑顔にしちまうなんて。伍長、あんた魔法使いですか?」
俺はネクタイを緩め、ため息をついた。
大事な「老後資金」が減ってしまったが、命には代えられない。
「魔法じゃないさ。**『誠意(金目)』と『頭を下げる角度』**だ。……営業の基本だよ」
部隊に戻ると、博士(ドクター)がニタニタと笑って迎えた。
「ほう、砲兵隊から『支援要請を受理した』と連絡が来たぞ。……うまく丸め込んだようだな、ヴェーバー」
俺は敬礼しながら、心の中で叫んだ。
(アンタの部下の尻拭いで、俺の私財が飛んだんだよ!!)
だが、口に出たのは完璧な社畜のセリフだった。
「はっ。顧客満足(カスタマー・サティスファクション)が第一であります」
こうして、俺の**「自腹を切った接待」が評価され、次回の「第12話:シュピースへの昇進(責任転嫁)」**へと繋がるのであった。
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