第8話 敗北者への請求書と「ザァーネボンボン」
1. 杜撰な計画、無謀な突撃
数日後。
俺たちディルレヴァンガー部隊は、パルチザンが潜伏する村への攻撃を開始した。
作戦は単純。「突っ込んで焼き払え」。
無能なシュミット少尉が立てた、作戦とも呼べない特攻命令だ。
先陣を切るのは、第1分隊(シュタイナー隊)。
彼らは雄叫びを上げ、草原を駆けていく。
「ヒャッハァー! 殺せ殺せェ!!」
先頭を行くシュタイナー曹長が、愛用のMP717(r)(バラライカ)を腰だめで乱射する。
ドゥルルルルルッ!!
毎分900発の暴力的な連射速度。彼に従う部下たちも、同じように弾をばら撒きながら突撃していく。
右腕の戦車撃破章が、硝煙の中で鈍く光っている。
対する俺たち第3分隊は、後方で待機(サボり)だ。
俺は迷彩スモックのフードを被り、木陰で双眼鏡を覗いていた。
(……うわぁ、野蛮だなぁ。あんな勢いで撃ちまくったら、すぐに弾がなくなるぞ)
俺はマップケースから手帳を取り出し、計算機を弾くような顔つきで呟いた。
「……消費ペースが早すぎる。予算(弾薬)オーバーだ」
隣でハンスがゴクリと喉を鳴らす。
彼は知っているのだ。俺が数日前に仕込んだ**「書類上の爆弾」**のことを。
2. 決算の時(弾切れ)
戦闘開始から20分。
村の入り口付近で、第1分隊の動きがピタリと止まった。
パルチザンの猛反撃を受け、釘付けにされているのだ。
「おい! 弾だ! 弾を持ってこい!」
シュタイナーの怒声が、風に乗って聞こえてきた。
彼のバラライカが沈黙している。
俺から奪っていった**「7.63mmモーゼル弾」**も、あの馬鹿げた連射で使い果たしたらしい。
後方から、弾薬運搬係の兵士が這うようにしてシュタイナーの元へ辿り着いた。
俺は双眼鏡のピントを合わせ、その会話を読唇術のように読み取ろうとした(実際は聞こえないが、状況は分かる)。
運搬係が、空っぽの手を見せて何か叫んでいる。
シュタイナーが絶望的な顔で、運搬係の胸ぐらを掴んだ。
――『弾がありません!』
――『あぁ!? ふざけんな、補給はどうした!』
――『本部からの支給がありません! 書類上、第1分隊は「在庫十分」になっています!』
シュタイナーが呆然と立ち尽くす。
その瞬間、パルチザンの機銃掃射が彼の足元を薙ぎ払った。
弾のない「戦車殺し(パンツァークナッカー)」など、ただの的だ。
「……計算通りだ」
俺は回転式ペンシルをカチリと鳴らし、手帳にチェックを入れた。
ただ単に「奴らの弾が尽きた」という事実を確認しただけだが、ハンスたちには戦慄の光景に見えた。
「(……すげぇ。伍長は、奴らが弾切れになる時間まで計算していたのか)」
「(あの一本のペンで、物理的に補給線を断ち切りやがった……)」
3. 慈悲深き(?)援護射撃
第1分隊が崩れ始めた。
このままでは全滅だ。
ザマァミロと言いたいところだが、ここで彼らが全滅すると、敵の矛先がこっち(第3分隊)に向く。
それは困る。俺の「安全第一プラン」が崩れる。
俺は溜息をつき、SVT-40を構えた。
スコープを覗く。
敵の機銃陣地が見える。
「……ハンス。第1分隊が壊滅すると、我々の業務(撤退)に支障が出る」
俺は冷静に(逃げ道を確保するために)指示を出した。
「私が敵の機銃を抑える。その隙に、全員で制圧射撃を行え。第1分隊を『回収』するぞ」
「は、はいッ! さすが伍長、見捨てないんすね!」
違う、盾として再利用するだけだ。
俺は深呼吸をして、SVT-40のトリガーを引いた。
ズドン!
スコープ越しに、敵の機銃手が頭を抱えて隠れるのが見えた。当たってはいないが、牽制には十分だ。
「今だ! 撃てェ!!」
ハンスのMG34が唸りを上げる。
ドコココココ……!
第3分隊の猛射撃に援護され、シュタイナーたちは這々の体で後退してきた。
4. 敗北者への請求書
戦闘が終わり、安全圏まで撤退した後。
泥だらけで、プライドもズタズタになったシュタイナーが、俺の元へ歩いてきた。
自慢のバラライカは、弾切れでただの重しになっている。
「……おい、ヴェーバー」
シュタイナーの声は震えていた。怒りではない。恐怖だ。
彼は気づいたのだ。なぜ補給が来なかったのか。誰が「書類」を書いたのか。
「お前……何をした?」
俺はマップケースをパンパンと払い、汚れを落としながら、事務的に答えた。
「在庫調整(タナオロシ)をしただけだ、曹長」
俺はシュタイナーの目を真っ直ぐに見つめた(ビビッて目が泳がないように必死で)。
「先日、貴官が我々から『借りて』いった弾薬と酒。あれを第1分隊の資産として帳簿に計上し、その分、本部からの新規補給を相殺(キャンセル)しておいた」
俺はニッコリと営業スマイルを作った。
「二重取りは横領になりますからね。……経理として、当然の処置です」
シュタイナーの顔から血の気が引いた。
右腕の戦車撃破章を持つ男が、一歩後ずさりした。
彼は悟ったのだ。この男(俺)の前では、暴力も、武勲も、階級さえも意味をなさない。
ただ「数字」と「書類」によって、生殺与奪を握られるのだと。
「……悪魔め」
シュタイナーは捨て台詞を吐いて去っていった。二度と俺にカツアゲをしに来ることはないだろう。
俺はホッと胸を撫で下ろした。
(よかった……殴られずに済んだ。胃が痛い。糖分だ、糖分が欲しい……)
俺はマップケースの奥底に隠しておいた、とっておきの非常食を取り出した。
金色の包み紙に包まれた、**ザァーネボンボン(クリームキャンディ)**だ。
戦前からの高級品。俺の密かな楽しみだ。
シーンと静まり返った戦場で、俺が包み紙を開ける音だけが響く。
カサッ、カサカサ……
俺はそれを口に放り込み、甘いクリームの味に恍惚の表情を浮かべた。
(ああ、生き返る……やっぱりドイツの菓子は美味いな)
だが、その姿を見たハンスたち部下は、恐怖で震え上がっていた。
「(……見ろ。ライバルを社会的に抹殺しておいて、平然と高級キャンディを舐めてやがる)」
「(『勝利の美酒』ならぬ『勝利のボンボン』かよ……余裕すぎて怖い)」
「(絶対に逆らっちゃいけねぇ。あの甘いマスクの下には、氷のような計算機が埋まってるぞ……)」
俺が舌の上で飴を転がし、**「……甘い(手ぬるい)」**と呟いた(※飴の味への感想)瞬間、彼らの忠誠心は恐怖と共に絶対のものとなった。
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