第7話 パワハラ部長の「バラライカ」と、静かなる兵糧攻め
1. 暴力の化身、シュタイナー
翌朝。
俺は兵舎の前で、愛用のマップケースを開き、在庫管理リスト(ただの日記帳)をチェックしていた。
迷彩スモックを着込み、回転式ペンシルを走らせる俺の姿は、自分でも「デキる現場監督」っぽくて気に入っている。
だが、その平和な時間は、地響きのような足音によって破壊された。
「おい、そこの気取ったインテリ野郎」
ドスの効いた声。
顔を上げると、見上げるような巨漢が立っていた。
**第1分隊長、シュタイナー曹長(ハウプトシャールフューラー)**だ。
薄汚れた野戦服から覗く太い腕には、無数の古傷と刺青が走っている。
だが、俺の目が釘付けになったのは、その右腕だ。
銀色の帯に黒い戦車のシルエット。
戦車撃破章(パンツァー・フェルニヒトングス・アプツァイヘン)。
生身で戦車を爆破した人間にのみ与えられる、最新かつ最凶の武勲。
それは勇気というより、ただの**「狂気」**の証明書だ。
シュタイナーは、腰にぶら下げた巨大なソ連製の短機関銃――PPSh-41のドラムマガジンを愛おしそうに撫でた。
ドイツ軍名称、MP717(r)。通称**「バラライカ」**。
「ふん。スモックに双眼鏡、それにピカピカの地図カバン(マップケース)だと? お前は将軍様にでもなったつもりか?」
典型的な「服装や持ち物に難癖をつけるパワハラ上司」だ。
俺は震える膝をマァシュシュティーフェルで隠し、平静を装った。
「……何か用か、シュタイナー曹長」
「用件? 決まってんだろ」
彼は顎で、俺たちの兵舎の奥を指した。
そこには、俺がコネを使ってかき集めた物資が積まれている。
「俺の可愛い**『バラライカ』は、大食らいでな。……お前、元補給部隊だろ? 倉庫からくすねた『7.63mmモーゼル弾』**を持ってるはずだ。全部よこせ。あと酒もだ」
2. マニア知識 vs 現場の悪知恵
俺は眉をひそめた。
(……モーゼル弾だと? ああ、そうか)
俺の脳内で、マニア知識の検索が走る。
ソ連軍の**「7.62mmトカレフ弾」は、ドイツの「7.63mmモーゼル弾」をコピーして作られたものだ。寸法はほぼ同じ。
だから、ソ連製のPPSh-41に、ドイツ製のモーゼル弾を込めても「撃つことはできる」**。
だが、それはあくまで**「代用」だ。
火薬の量や圧力の違いで、回転不足による作動不良(ジャム)**や、最悪の場合は故障の原因になる。メーカー保証外の使い方だ。
俺は思わず、管理職としての「正論」を口にしそうになった。
「曹長、モーゼル弾での代用は推奨されません。排莢不良のリスクが高まりますし、銃身の摩耗も……」
「あぁ? 御託はいいんだよ!」
シュタイナーが俺の胸ぐらを掴み上げた。
「弾が出りゃあいいんだよ! 俺のバラライカは、ドイツ製の弾でも文句言わずに歌うんだ。てめぇみたいなマニュアル馬鹿には分からねぇ『現場の知恵』ってやつだ!」
唾が飛ぶ。
ああ、これだ。理屈の通じない現場叩き上げ。
彼は正規の鹵獲弾薬が尽きても戦えるように、この「裏技」を使って生き延びてきたのだ。野蛮だが、生存本能としては正しい。
3. 資産の強奪(カツアゲ)
「……わかった。離してくれ」
第3分隊の部下たちが色めき立つが、俺は手で制した。
戦車を素手で壊すような男と殴り合っても勝てない。
「……持っていけ。7.63mmモーゼル弾なら、奥の木箱に2ケースある」
シュタイナーが高笑いする。
「ギャハハ! さすがインテリ、話が早い! 命が惜しいもんなぁ!」
彼らは我が物顔で弾薬箱と酒を担ぎ出し、去っていった。
「クソッ……! なんで黙って見てるんですか伍長!」
ハンスが地面を蹴り飛ばした。
違う。そうじゃない。
俺は日本のサラリーマンだ。
「暴力」で勝てない相手には、「事務手続き」で勝てばいい。
俺はマップケースから手帳を取り出し、回転式ペンシルの芯を繰り出した。
4. 総務課長の「冷徹な兵糧攻め」
「……ハンス。感情的になるな。あれは『貸付』だ」
俺は手帳にサラサラと書き込みながら、独り言のように呟いた。
「弾薬と酒。彼らが持ち去った数量は記録した。……これで、第1分隊の『補給枠』は超過(オーバー)したことになる」
「は? 何言ってるんですか?」
俺は能面のような顔で説明した。
「俺はこれから、小隊本部のシュミット少尉のところへ行ってくる。補給物資の**『配分変更届』**にハンコをもらいにな」
俺の計画はこうだ。
俺が「第1分隊はすでに十分な物資(俺たちから奪った分)を持っています。次回の補給は不要です」という書類を作れば、無能な少尉は中身も読まずにサインする。
そして、その書類を師団の補給係に回す。
「……次の激戦で、奴らの愛用する『バラライカ』が弾切れを起こした時、補充のトカレフ弾はおろか、代用のモーゼル弾すら届かない。兵站(ライン)を俺が完全に切るからだ」
どんなに強力な銃も、弾がなければただの重たい鉄屑だ。
その言葉を聞いたハンスの顔色が変わった。
「(……おい。聞いたか?)」
「(ああ。伍長は、今ここで殴り合うリスクを避けて、書類一枚で第1分隊を『武装解除』させる気だ……)」
ハンスが震える声で尋ねた。
「あ、あんた……奪われた酒一本のために、奴らを全滅させる気か?」
俺はきょとんとした。
いや、全滅なんて大げさな。ただ「ルール違反(横領)へのペナルティ」だ。
「……人の物を盗めば、代償を払うのは社会の常識だ」
俺はペンシルをパチリと戻し、マップケースを閉じた。
「奴らはすでに『死に体(倒産寸前)』だ。放っておけ。我々は我々の業務(生存)に集中するぞ」
こうして、シュタイナー曹長の運命は、銃弾ではなくペン一本によって封印された。
俺は奪われたシュナップスのことを思い出し、悔し紛れにポケットの飴玉を口に放り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます