第6話 略奪品と「営業課長」の料理教室

1. 社長への「報告義務違反(横領)」

 パトロールから戻った俺は、兵舎の前で迷彩スモックを脱ぎ、丁寧に泥を払っていた。

 マップケースと双眼鏡をベッドの定位置に置く。整理整頓は業務効率化の基本だ。

 腹が減った。

 だが、夕食として配給されたのは「レンガのような黒パン」と「泥水のような代用コーヒー」だけ。

 俺は絶望的な気分で、その産業廃棄物のような夕食を睨んでいた。

「……へへっ、伍長。そんな不味そうなモン、食う必要はありませんぜ」

 ハンスがニヤニヤしながら近づいてきた。

 彼が背中の雑嚢(ブレッドバッグ)から取り出したのは、丸々と太った一羽の鶏だった。

 首がねじ切られ、まだ温かい。

「さっきの村で『徴収』してきました。こいつを焼きましょう」

 ……完全に略奪だ。

 だが、この無法者の部隊で「略奪禁止(コンプライアンス)」などと綺麗事を言っても始まらない。

 問題はそこじゃない。**「報告フロー」**だ。

 俺の「中間管理職」としての危機管理センサーが警報を鳴らした。

 このブラック企業(ディルレヴァンガー部隊)では、現地で得た利益(略奪品)は、すべて社長(ディルレヴァンガー)に上納するのが暗黙のルールだ。

 それを現場の社員が勝手に着服したと知れたら?

 

 **「業務上横領」**で、即座に処刑(解雇)だ。憲兵より社長の方が怖い。

 (馬鹿野郎! こんなもん持ち帰って、師団長に見つかったら俺の首が飛ぶぞ!)

 30秒の葛藤の末、俺は「隠蔽工作」を決断した。

「……ハンス二等兵。現地での無許可調達品(略奪品)を、本部に未報告で持ち込むのはリスクが高すぎる」

 俺は声を潜めて言った。

「大隊長に見つかってみろ。『俺の獲物を盗んだ』と因縁をつけられて銃殺だぞ」

「ッ……! た、確かに……あのおっさんならやりかねねぇ」

 ハンスの顔が引きつる。

「だが、すでに仕入れてしまった在庫(死んだ鶏)を戻すわけにもいかん。……証拠隠滅だ。直ちに胃袋に収めて処理する」

「へっ、さすが伍長! 話がわかる!」

 ハンスが腰の**銃剣(98kバイオネット)**を抜き、鶏の腹を無造作に裂こうとした。

 その瞬間、俺の「衛生管理者」としてのこだわりが爆発した。

「待てッ!!」

2. リスク管理(衛生管理)の徹底

 俺の怒声に、ハンスがビクリと動きを止めた。

「な、なんだよ伍長。早く食わねぇとバレちまうぞ」

「貴様、その銃剣……さっき何に使った?」

「え? 何って……泥を掘ったり、靴底の糞を取ったり……」

 俺は目眩がした。

 そんな汚染されたツールで食品加工を行えば、食中毒は不可避だ。

 明日の稼働人員がゼロになってしまう。そうなれば「なぜ全滅した?」と本部から追求され、鶏の件もバレる。

「馬鹿者ッ! 不衛生な加工で、部隊を**集団食中毒(パンデミック)**にさせる気か! 全員が腹を下して寝込んだら、横領がバレて全員銃殺だぞ!」

 俺はハンスから鶏をひったくった。

「貸せ。俺がやる」

「えっ、伍長が?」

「素人の手つきは見ていられん。……よく見ておけ。これが**『完全証拠隠滅(プロの仕事)』**だ」

 俺は上着を脱ぎ、ワイシャツの袖をまくり上げた。

 そして、マップケースのポケットから、私物のナイフを取り出した。

 ゾーリンゲンの老舗、**メルカトール(Mercator K55K)**の折りたたみナイフだ。

 黒い鉄のボディに、猫のマークが刻印された逸品。

 さらに、手持ちの**アルコール(度数の高いシュナップス)**をナイフと手に振りかけ、入念に揉み込む。

 リスク(菌)を徹底的に排除する。

3. 「解剖のプロ」という誤解

 俺は鶏を台の上に置いた。

 学生時代のバイト経験(精肉担当)をフル活用する。

 骨や内臓ゴミ(産業廃棄物)を極力出さず、可食部を最大化し、かつスピーディーに痕跡を消す。

 スッ、スッ、ザクッ。

 俺は無言で、正確に、そして素早く鶏を解体していく。

 関節の隙間に切っ先を滑り込ませ、最小限の力で骨を外す。

 内臓を傷つけないよう、皮一枚を残して切り開く。

 流れるような手つきだ。

 だが、俺が「早く食べて証拠を消さなきゃ」と真剣な顔(無表情)でナイフを振るっている姿は、部下たちの目には全く別の光景として映っていた。

 シンとした兵舎に、肉を切り裂く音だけが響く。

「(……おい。見たか、あの手つき)」

「(ああ。迷いがない。骨と関節の構造を、完全に熟知してやがる)」

「(無駄な血が一滴も出ねぇ……まるで外科医か、プロの殺し屋だ)」

 ハンスがゴクリと喉を鳴らした。

 俺が内臓(レバー)を傷つけずに綺麗に取り出し、「鮮度よし。変色なし。これなら納品(食用)可能だ」と呟きながら、ナイフについた脂を布で拭った瞬間、彼らは確信した。

「(間違いない……こいつ、生き物の『壊し方』を知り尽くしてやがる)」

「(戦場でも、ああやって冷静に敵の急所を切り裂くんだろうな……)」

 俺はただ、「レバーは血抜きが大事だ」と考えていただけなのだが。

「よし、加工完了だ」

 俺は綺麗に切り分けた鶏肉を並べた。

 そして、暖炉の火加減を調整する。

「いいか、中心温度が75度以上で1分以上加熱だ。生焼けは許さん。徹底的に**熱処理(ロースト)**しろ」

 俺の「食中毒防止」の指示が、彼らには**「死体の痕跡を残さず焼き尽くす冷徹さ」**に見えたらしく、全員が直立不動で「ヤー! ヴォール!」と叫んだ。

4. 恐怖と美味の懇親会

 数十分後。

 兵舎には、香ばしいローストチキンの香りが充満していた。

 俺が持っていた塩胡椒と、ハンスたちが隠し持っていたハーブで味付けされた肉は、涙が出るほど美味かった。

「……美味い」

 俺が一口食べて呟くと、緊張していた部下たちも恐る恐る肉に口をつけた。

「う、美味ぇ……!」

「なんだこれ、皮はパリパリで中はジューシーだぞ!?」

 当たり前だ。俺がつきっきりで火加減を監視していたからな。

 ハンスが、脂で光る口元を拭いながら、感極まったように言った。

「伍長……あんた、マジですげぇよ。射撃も一流なら、ナイフの腕も一流かよ」

 最大限の賛辞だ。内容は物騒だが。

「……ふん。道具(ナイフ)の手入れと、手順(マニュアル)さえ守れば、誰にでもできることだ」

 俺はマップケースを開き、手帳を取り出した。

 愛用の回転式ペンシルをカリカリと回し、「現地調達品:鶏肉1(消費済み)」と几帳面に書き込んだ。

 これで帳簿上の辻褄も合わせる(実際はただの日記だが)。

 そして、満足げにメルカトール・ナイフの刃を拭って閉じた。

「食ったら寝ろ。明日は早朝から、武器の手入れ(メンテナンス)の続きだ。今日使ったナイフも消毒しておけよ。道具を大事にしない奴に、仕事(戦闘)をする資格はない」

「はっ! 了解です!」

 その夜、部下たちは満腹で眠りについた。

 彼らの目には、俺がただの「うるさい上司」から、**「生物の構造を知り尽くした、冷徹かつ完璧なプロフェッショナル」**へと昇格していた。

 俺はと言えば、久しぶりのまともなタンパク質摂取に安堵し、胃薬を飲まずに眠ることができた。

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