第5話 ベラルーシの森で「KY(危険予知)活動」を

1. 「管理職」の七つ道具


 その日の午後、俺たち第3分隊にパトロール命令が下った。

 要するに「森に入ってパルチザンの囮になれ」という、ブラックな業務命令だ。

 俺は兵舎の前で、憂鬱な気分で出発の準備をしていた。

 (……森の中か。泥と樹液で、せっかくの特注軍服が汚れるな)

 俺は眉をひそめ、雑嚢から「作業着」を取り出した。

 **SS迷彩スモック(プラタナス柄)**だ。これを頭からすっぽりと被り、腰の紐をキュッと絞る。これで中の軍服は汚れない。

 さらに、迷彩ヘルメットカバーを被せた鉄帽を装着する。

 そして、ここからが「管理職」としてのこだわりだ。

 俺は腰のベルトに、革製のマップケース(メルデ・カルテン・タッシェ)を吊るした。

 中に入っているのは地図だけではない。俺の心の支えである「手帳(閻魔帳)」、「回転式ペンシル」、「予備のハンカチ」、そして「胃薬」だ。

 これはいわば、俺のビジネスバッグだ。

 さらに首からは、6倍率の軍用双眼鏡(ディーンスト・グラス 6x30)を下げる。

 これは俺にとって「敵を探す道具」ではない。「遠くの危険をいち早く察知し、逃げるルートを確保するためのリスク管理ツール」だ。

 仕上げに、武器はスコープ付きのSVT-40(捕獲品)。

 

 迷彩スモック、マップケース、双眼鏡、そしてスコープ付きライフル。

 俺は単に「安全第一」でフル装備にしただけなのだが、部下たちの反応は違った。

「(……おい。見ろよあの装備)」

「(ああ。マップケースを持ってるってことは、この森の地形が全て頭に入ってるってことだ)」

「(双眼鏡にスコープ付きライフル……完全に『狩り(マンハント)』のスタイルだぞ)」

 彼らの目には、俺が**「地形を熟知し、長距離から獲物を追い詰める、冷徹な戦術指揮官」**として映っていた。


2. ルート営業(パトロール)の安全確認


 森の中に入ると、俺は数メートルおきに立ち止まり、神経質なほど頻繁に双眼鏡を覗いた。

 (怖い怖い。あそこの茂み、何か動かなかったか? クレーム(敵)はいないか?)

 そして、マップケースから地図を取り出し、指でなぞりながら現在地を確認する。

 (迷子になったら終わりだ。確実に帰れるルートを確認しないと……)

 このビビリ全開の挙動が、部下にはこう見えた。

 

 ――伍長は、風の揺らぎすら見逃さない。地図と実地を照らし合わせ、敵の伏兵ポイントを予測しているのだ。

 俺は双眼鏡を胸に戻し、ハンスの横を歩きながら言った。

「ハンス。重くないか? 最新のMG42なら、もう少し軽いはずだが」

「はん。あんなプレス細工のオモチャ、信用できませんね。人を殺すなら、このMG34の『リズム(ドコココ)』の方が性に合ってますよ」

 職人気質のハンスの言葉に苦笑しながら、俺は再び双眼鏡を覗こうとした。

 その時、レンズ越しではなく、肉眼で足元の違和感に気づいた。

 (ん? 落ち葉が盛り上がってる。……つまづき注意箇所だ)

「……ストップ」

 俺は片手を挙げ、マップケースを庇うようにしてしゃがみ込んだ。

「足元だ。整理整頓がなってない」

 俺がマァシュシュティーフェルの先で落ち葉を払うと、対人地雷のワイヤーが露わになった。

 部下たちが息を呑む。

「(双眼鏡で遠くを警戒しつつ、足元の地雷まで察知したのか!?)」

「(視野が広すぎる……背中にも目があるんじゃないか?)」

3. 初期消火(応戦)はじめ

 その時だ。

 ――ダァン!!

 敵襲だ!

 俺は脱兎のごとく、一番太い木の陰に飛び込んだ。

 

「敵だ! 10時方向!」

 俺は木の陰から、SVT-40のスコープを覗き込んだ。

 さっき双眼鏡でチェックしていた怪しい茂みだ。やっぱりあそこか!

「ハンス! 10時方向の茂みだ! さっき俺が双眼鏡で見ていた場所だ! 初期消火を頼む!」

 俺の言葉に、ハンスが驚愕する。

 「(伍長は、撃たれる前から敵の潜伏場所に気づいていたのか!?)」

「ちっ、そういうことかよ! 制圧射撃だ! 任せろ!」

 ハンスがMG34を構え、ドコココココココッ……!! と重い銃声を轟かせる。

 正確無比な連射が茂みを薙ぎ払い、敵の悲鳴が上がって射撃が止んだ。


4. 業務報告(日報作成)


 静寂が戻った。

 俺はスモックの泥を払いながら立ち上がった。

 マップケースの留め具を外し、中から手帳と回転式ペンシルを取り出す。

 この一連の動作が、たまらなく「仕事ができる男」っぽくて好きなのだ。

「伍長……あんた、全部見えてたのかよ」

 ハンスが呆れたように言った。

 俺は**カリカリ……**と芯を出し、手帳に書き込む。

「……ハンス二等兵。いい仕事だった。プラス査定だ。だが、弾をバラ撒きすぎだ。経費(弾薬)削減も考えろ」

「へへっ、MG42ならもっと撒いてましたよ」

 ハンスがニヤリと笑う。

 俺はペンシルをマップケースに戻し、革のフラップをパチンと閉じた。

 

 (ああ、怖かった。早く帰って、この重たいマップケースを置きたい。肩が凝る……)

 俺が肩を回しながら歩き出すと、部下たちはその背中に畏敬の念を抱いた。

 **「あの革鞄(マップケース)には、俺たちの生殺与奪の権(作戦計画)が詰まっているんだ」**と。

 こうして、第3分隊の初パトロール(ルート営業)は、無事故(?)で終了した。

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