第2話:探偵として
次の日の翌朝。
昨日の夜しすぎたゲームによって俺を殺さんばかりに襲ってくる眠気を堪えるために、あくびを一つ落とした。
俺が机に頬杖を突きながら教室の窓から差し込む光に目を細めながら、昨日より少しだけ眩しく感じる目の前にジィッとした視線を向けた。
そして俺より早めに来ていた女子生徒たちが、廊下から聞こえる駆けてくる音に教室から顔を覗き出している。
まぁ理由は分かっていけど…。 そしてその音が大きくなっていくと同時に、俺の視界の端に、どこかの探偵のような白銀色が走ってこちらに滑り込んできた。
今来たばかりなのか、桜の花びらが彼女の頭にひっついていた。
あれ?こちとら紬とは別のクラスなんですけどォオオ!?なぁに朝の会が始まる前だからってこっちに来るんだよな!?
なぁ…あとで生徒指導の先生がお前に稲妻を堕としにいくだろう。…でも笑顔で他クラスに潜り込むその胆力には拍手を送らせてくれ。
「おはよう、助手〜。今日も眠そうで、辛気臭そうな顔してるね?最近しっかり眠れているの?」
「誰が辛気臭そうだ……まぁお前のおかげでしっかり眠りにはつけているさ」
振り返ると、そこにはいつも通り――いや、いつも以上に機嫌の良さそうな探偵様が立っていた。
「まぁ……おはよう、紬」 「おはよう。…今日も良い返事だね。…じゃあそれとも昨日も一緒にご飯食べたせいじゃないんだね?」
少し不安げな顔から安堵した顔でうんうんと縦に頷く紬。
その『昨日も一緒にご飯食べたせいじゃないんだね?』のせいで、周囲の男子数名が俺に射て殺さんばかりの一斉に視線を向ける。
そして女子は口を押さえて背後でこちらをみながらキャイキャイしていた。
……アァアアア!!!視線が痛いよぃいいい!!!!俺の精神HPが削られていく音がするよォオオオオ!!!!!
事実だけど!!!事実なんだけどっ!!それをわざわざいう必要あったかな?ねぇ?あったかな?
「なぁ、紬。朝から俺の席に来ると色々と誤解を――」 「計画通り」
「………今日の夜ご飯は彰人さんだけ豪華にしてお前のは質素にする」
「いやぁ!!さっきのは取り消しぃいい!!!」
彰人さんというのは、紬の兄のことである。
学校で噂される期待の
俺と紬と彰人さんの付き合いは少し前から始まったんだが……それは割愛しておく。
そして俺はよく空崎家にお邪魔して彰人さんと一緒に料理を作っているのだ。
つまり……こいつの夜ご飯は俺の手の中に(暗黒的微笑)。
手をワタワタと振りながら、今にも泣きそうな顔で俺に言い訳してくる。
いつもの探偵の顔ではなく、空崎紬としての顔に俺も少し笑いながら「嘘だよ」と言い換えた。
それに再び安堵したのか肩を下ろした紬はスッと息を吸うと俺の鼻先に指を突きつける。
そして笑顔を浮かべると、高々に俺に宣言してきた。
「そうだ、私と助手は今日から正式に探偵部として生徒や教師たちのために働いていかないといけないんだからな!!」 「———はっ!?」
声を抑えたつもりだったが、クラスの端っこでラノベを読んでいた数人がぴくりと反応する。
…すまん、あとで俺もその話題に混ぜさせてもらうから、至高の読書タイムを邪魔してもうしわねない。
それにしても……まずい。…完全に注目され始めている。
唯一いいことがあるとすれば未だに創大が登校しておらず、これ以上騒がしくなることはないからだ。
———にしても、昨日俺たちに『探偵部を作る』とか言っていたのは嘘かと思ったのに、え?まじで?
「いや〜でもまだ安心して?…顧問も部室もないから!!」 「それを安心材料にするな」
紬は俺の机に肘をつき、顔を近づけてくる。 うんまぁ……別に作れたら探偵部に参加する気ではいたけど。
でも、急にすっげぇ距離が近い。
しかしそんな俺の心臓の爆音を知らないのか、紬はにっこりとした笑みを浮かべて右腕を腰につけて胸を張らせた。
「今日は活動初日だからね……。じゅあ助手は何が必要だと思う?」 「……普通は、部室探しとかだろ。……というか顧問を探せ、勝手に行動するな、学校側に申請しろ」
実際正論しか言っていないのだが…あぁ、もう何か言うだけ無駄か。…紬が変なところに行かないように俺は後方で腕を組んでいこう。
俺がそう答えると、紬は一瞬だけ考え込む素振りを見せてから、にやりと笑った。
「違うな」 「違うのかよ」 「探偵部に必要なのは――依頼だ」
まぁ、探偵としては依頼とかは必要なんだろうけど……やはりと言うべきか、依頼か。 でもその単語に、少しだけ胸がざわついた。
「学校で何か事件でも起きてるのか?」 「え?全然まだだけど?」
即答。 でも、紬の瞳は楽しそうに輝いている。
あぁ…この瞳は本当に人のために努力しようとする綺麗な瞳だ。
「だけどね助手。…事件というものは、“起きてから依頼される”では遅いんだから。私たちが動いて、誰かの助けにならないと」 「……まさか」 「そう。起きそうな匂いを嗅ぎ取る」
『匂い』を嗅ぎ取るとかいう探偵らしいことを言っている気がするが、正直なところ俺にはよく分からない。
「具体的には?」 「…そうだね…、昼休みに、校内を一周する…とか?」 「散歩じゃねぇか」
だが紬は至って真剣だった。
それで事件の匂い分かると、…ん?やっぱり紬には俺にはない何かがあったりするのか?
「人の動線、会話、違和感。そういうものは、平時にしか見えないからね」 「……それ、どこで覚えたんだ」 「お兄ちゃんと見た漫画とドラマ」
ん〜〜…やっぱり、こいつはあんまり何も考えてないかも。
◇◆
昼休み。
俺は紬に教室に突撃されて引きずられるように連れていかれて、彼女に並んでわいわいと喧騒が聞こえる廊下を歩いていた。 ……注目度は言うまでもない。嫉妬に溢れた視線を向けられている…というだけで十分だろ。
「…ねぇ、助手。あれ見て」 「一体何をだ。…早くご飯を食べたいんだけど……」 「後から一緒に食べるから。…というか、あの二人」
紬が顎で示した先。 昼ごはんを食べている人が多い学校の中で、未だに廊下に残り、端っこでで女子二人が小声で話している。
盗聴…と言われるのは申し訳ないが、俺と紬は耳が良いため、彼女たちの声が聞こえた。
「……昨日なくなったって言ってた」 「やっぱり…絶対誰かが持ってったんだよ。そうじゃないとずっと探しても見つからない理由がないじゃん」
なくなったって…何かの物なのだろうか?
そんな女子たちの会話を聞いた瞬間、紬の目がきらりと光った。
「やっぱり来たね……匂いがするさ」 「来たって……まさか」 「事件の“芽”だ」
紬は迷いなく、その二人に近づいていく。
そして少し息を吸うと彼女たちの背中に声を投げかけた。
「すまない。少し話を聞かせてもらってもいいか?」 「「えっ?」」
突然現れたS級美少女に、二人は固まる。 まぁ無理もない。ずっと一緒にいる俺でも紬に近づかれすぎると固まるし。
「私は空崎紬。探偵だよ」 「た、探偵……?」
「探偵部、というものを立ち上げていてな。落とし物でも困り事でも何か問題があれば、力になれる」 「……落とし物、ですか?」
その言葉に、女子二人は顔を見合わせた。
紬の白い髪に視線が向くと、びっくりして引いていた女子生徒の一人が恐る恐る口を開く。
「その、美術室に置いてたイヤリングが、昨日からなくて……」
「…そう、この子が昨日の放課後で行った場所を巡って隅々まで探したけどなかったって…」 「彼氏からもらった大切な…大切なイアリングだったのに……!!」
「なるほど、なら…私たち『探偵部』がその依頼を受けもとう」
いや、だから部活としては成立してな……もう良いやめんどくさい。
紬は満足そうに頷いた。
そして右足を軸にひらりと体を回転させて俺のそばに駆け寄ってサムズアップをする。
輝いている瞳が、依頼が、彼女の『探偵』としての本能を引き出しているのだ。
こうなったら俺は止めない。…否、止めれないんだ。
でも、紬がいれば基本的になんでも解決するんだからしょうがない。彼女の今までの行動で解決しなかった依頼はないんだから。
「助手」 「…はい」 「最初の依頼だ」 「……マジかよ」
こうして、かくかくしかじか…
誰もいない屋上に登った俺たちは、一緒に弁当を広げてお昼ご飯を食べる。
その話題は、もちろん…先ほどのイアリング紛失の話だ。
イアリングはについては、彼氏にもらったという大切な品というらしい…じゃあ絶対に見つけないとな。
いろんな考察が俺たちの間を飛んでいく。
そして、一度話を切り上げた紬は『探偵』という顔をやめて、幸せそうに自分の弁当のサンドウィッチを頬張った。
「…なぁ、なんでそんなに美味しそうに食べるんだよ?」
「?じゃあ、今日もとなりに助手がいるからだろうね……」
紬は、サンドウィッチを頬張りながら顔を赤く染めて俺に笑いかけてきた。
彼女の照れる顔に、声に、胸の奥がまた少し熱くなる。
俺たちはまだ知らない。 この“探偵部”が、どれほど甘くて、どれほど騒がしい日々の始まりなのかを。
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