【第五章:フィナティピ王国篇】(中継章)
第15話 『帰路、再びメルツへ』
風が冷たく変わった。
冬の名残を帯びた風が、三人の外套をはためかせる。
氷露柱の封印を終え、王都フィナティピを発った彼らは、南西の街道を辿っていた。
目的地はウェールミオ王国――しかしその道程に、必ずメルツの領域を越える必要があった。
白雪をかすかに残す丘陵を越えながら、マーカスが口を開く。
「しかし……静かすぎるな。鳥の声ひとつしねぇ。」
彼の視線は森の奥へと細められていた。
ユーコが肩の上の小さな光の精霊を撫でながら、うっすらと眉を寄せる。
「魔力の流れが乱れています……どこか、封印の調律が外れているのかもしれません。」
リュゼが前方を警戒しながら頷いた。
「メルツ境界の封印は“白銀紋陣”の連動系です。ひとつが乱れれば、他も共鳴します。」
「つまり……誰かが触ったってことか。」
マーカスはそう呟くと、腰の
霧のように漂う気配が、彼の皮膚を撫でる。
そのとき――リュゼの背に吊るされた杖が、淡く脈打った。
霧氷の
氷紋の誓士団の遺祠にて受け継ぐ誓約の杖。
儀礼と導き、祈りの象徴として、誓いの儀にのみ光を宿す。
リュゼは静かに掌を開き、右脚に宿る蒼印を見つめた。
そこからかすかな冷気が滲み、杖の結晶がそれに応じるように微かに光を返す。
「……何かが、呼んでいる。」
「呼んでいる?」とユーコが聞き返す。
リュゼは短く首を振った。
「……いや、気のせいかもしれません。けど――風の流れが変わった気がして。」
その瞬間、森の奥で、何かが笑った。
――カラカラと、乾いた音。
人を嘲るような、いや、人の心を玩ぶような笑いだった。
「ようやく来たか……遅いじゃねぇか、マーカス。」
木々の間から姿を現したのは、灰黒の外套を羽織る男。
片目を覆う仮面が、月光を反射して光る。
「……バルザ。」
その名を吐き捨てるように呟くマーカス。
バルザ・キャミロッド――かつての仲間にして、今は闇枢機卿直属の執行官。
薄笑いを浮かべたその顔には、戦場の血を愉しむ狂気が宿っていた。
「お前さん、封印なんてつまらねぇモン追っかけて、いつまで正義ヅラしてんだ?
……俺ぁもう飽きたぜ、あんな綺麗事。」
「黙れ。お前に正義を語る資格なんざねぇ。」
「ハハッ、相変わらず堅っ苦しいな。いい加減楽になれよ、マーカス。
女と寝る時みてぇに、楽に――血に染まってみろよ。」
マーカスの瞳が鋭く光る。
ユーコは彼の肩にそっと手を置いた。
「……駄目です。今は挑発に乗らないでください。封印の異常が最優先です。」
その声に、彼は一度だけ息を吐き、魔剣を下ろした。
バルザはつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「へぇ……女に制されるとはな。
マーカス・ロッティ、お前もずいぶん丸くなったじゃねぇか。」
そして、指を鳴らす。
森の奥、霧の影から数十の黒衣の兵が現れる。
その全員が、闇紋の印を刻んだ亡者――バルザの“狩猟犬”たちだった。
リュゼが蒼銀槍を構える。
「お前たち、また死を弄ぶのか……!」
「弄ぶ? 違ぇよ。俺は“正しく使ってやってる”だけさ。
死も、生も、俺の引き金ひとつで踊るんだ。」
空気が裂けた。
次の瞬間、マーカスの《ソウルイータ》が閃き、火花を散らす。
「上等だ……その腐った笑い、今度こそ止めてやる。」
轟音。銃声。氷槍。光弾。
夜の森に戦火が走る。
リュゼは後方で《霧氷廻閃》を展開し、仲間の動線を覆う。
槍が描く蒼弧の軌跡に沿って、霧が壁となり、敵の視界を奪う。
「マーカス、右へ!」
「助かる!」
互いの声が交差した瞬間――
リュゼの蒼印が、一瞬強く脈動した。
視界が白く染まる。
轟く雷光。風の音。
その閃光の中に――“影のような女性の幻影”が、一瞬、立っていた。
長い銀蒼の髪。淡紫の瞳。
その瞳が、確かに彼を見て、何かを囁こうとした。
「……あなたは――」
声はそこまでしか届かなかった。
光が弾け、現実が戻る。
ユーコが駆け寄る。
「リュゼ!? どうしたのですか、今の光は……!」
リュゼは短く息を吐き、首を振った。
「……わからない。けど、“風と雷”の気配を感じた。
まるで、遠くで誰かが――僕らを導こうとしてるような……。」
ユーコが一瞬だけ表情を引き締めた。
マーカスが敵を押し返しながら叫ぶ。
「話は後だ! 封印の中心が……暴走してる!」
大地の下から響く共鳴音。
封印の制御陣が暴走し、蒼白い光が空へと突き抜ける。
それはまるで、誰かが封印を「呼び覚まそう」としているようだった。
バルザが嗤う。
「見ろよ。お前たちが護った“秩序”ってヤツは、こんなにも脆ぇ。」
「お前が……やったのか。」
「さぁな? 俺はただ、ちょっと触れただけさ。」
爆ぜる光、崩れる森。
三人は地を蹴り、封印反応の中心――メルツ境界の氷霜柱へと走った。
その背後で、バルザの声が木霊する。
「次はウェールミオで会おうぜ、マーカス。
お前が護りたいもの全部、俺が一つずつ壊してやるよ――!」
夜風が荒れ、月光が掻き消えた。
異常共鳴は止まらない。
封印は、確実に何かに“呼ばれている”。
マーカスは歯を食いしばりながら言った。
「……ユーコ、リュゼ。次の地だ。ウェールミオで全部確かめる。」
彼の声に、二人が力強く頷く。
霧の向こうで、かすかに光が揺れた。
その光は――雷の色を帯びていた。
リュゼはふと振り向く。
北風のように柔らかな声が、遠くで囁いた気がした。
「……導きは、嵐の向こうに。」
しかし振り返った先に、誰の姿もなかった。
霧氷の導杖が、彼の背でかすかに鳴った。
それはまるで、“誓いの嵐”が近づいていることを告げるようだった。
紋章に導かれし封印伝説 抹茶だんご @xyz1982
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