【第五章:フィナティピ王国篇】

第14話 『封印安定化・白の休息(王都フィナティピ)』


《第一節:静穏の七日間》


 フィナティピ王国の封印儀式が完了してから七日。

 白の都には久方ぶりに穏やかな風が吹き、氷霜柱の脈動も沈静していた。

 三人――マーカス、ユーコ、リュゼは、王宮迎賓館にて封印安定化のための滞在を命じられていた。

 それぞれの思いが交錯する、短くも長い七日間の始まりである。



《第二節:リュゼ編「氷の民の安息」》


 王都北区――氷民の聖堂。

 青白い光が差し込む石造の回廊を、リュゼ・アウリステルは静かに歩いていた。

 彼は聖堂の中心に立ち、氷紋の誓士団の伝承詩を口にする。


「白き息、凍てを祓い、誓いを再び――。」


 その声に応じて、聖堂の天井から氷晶が舞い降りる。

 それはまるで彼の祈りが形を得たかのようだった。

 リュゼは蒼銀槍ルーミナス・グレイヴを軽く地に突き、氷槍の光を見つめながら呟く。


「これが……救われるということなのか。」


 その横には、静かに見守るユーコの姿。

 彼女は淡い光を宿した〈惑星詩〉の断片を手に、微笑む。


「あなたの祈りが、氷の地を解かしたのですね。」

「……僕だけの力じゃない。マーカスと、君がいてくれたからです。」


 その言葉にユーコが柔らかく頷く。

 聖堂の天蓋に光が満ち、氷民の紋章が穏やかに輝いた。

 リュゼは胸に手を当て、蒼印の温もりを確かめる――まだ眠る誓印が、わずかに脈打った。



《第三節:ユーコ編「惑星詩の修復」》


 夜。王宮の図書塔。

 ユーコは封印安定化の儀式を補佐するため、破損した〈白の詩環〉を修復していた。

 魔力を通す度に、微かな声が響く。


『……光を……信じて……』


 それは封印の中に囚われていた少女の残響だった。

 ユーコは手を止め、窓の外の月を見上げる。


「……あの人も、きっと同じように戦っている。」


 指先が震える。

 マーカスの無茶な戦いぶりが、頭をよぎった。

 その胸の痛みを、彼女は“惑星詩”に刻みながら小さく微笑む。


「大丈夫。あの人なら……。」



《第四節:マーカス編「白の月夜にて」》


 王都フィナティピ。

 白壁に囲まれた中庭の噴水が、月光を受けて静かにきらめいていた。

 マーカスは一人、ベンチに腰を下ろし、魔剣と魔銃を磨いている。

 戦いの余韻がまだ抜けきらず、心の奥にざらついた感覚が残っている。

 研ぎ布の音が夜の静けさに溶ける中、背後から衣擦れの音がした。


「……マーカス、まだ起きていますか?」


 振り向くと、白い外套を羽織ったユーコが立っていた。

 月明かりが彼女の髪に降り、まるで光そのもののように淡く揺れている。


「あぁ。ちょっとな、眠れそうにない。」


「……まだ、気にしているのね。仮面の男のことを。」


「バルザのことか?」

 マーカスは短く息をついた。

「アイツは俺の過去の残骸だ。いずれ片をつけなきゃならねぇ。

 ……ただ、どうしても、放っておけねぇんだ。」


 ユーコは静かに歩み寄り、マーカスの隣に腰を下ろした。

 噴水の水音だけが、二人の間を満たしている。


「マーカス……怖くなかったの?」


「怖いわけねぇだろ。お前がいたんだ、ユーコ。」


 その言葉に、ユーコの瞳が一瞬揺れる。

 けれどすぐに、彼女はふっと笑った。


「……そんなこと、言われたら……安心するじゃないですか。」


 マーカスは帽子のつばをいじりながら、少し照れたように目をそらす。

「お前さ、時々ずるいよな。」


「え?」


「そんな顔で言われたら、俺……。」


 言葉が途切れた瞬間、マーカスはゆっくりと彼女の頬に手を伸ばした。

 指先が触れた瞬間、ユーコは小さく息を呑む

 ――だが逃げなかった。

 次の瞬間、二人の唇が静かに触れ合う。

 それはほんの一瞬の出来事だった。


 けれど、夜気が止まり、月が二人を包み込むほどの静けさ。

 短く、だが確かな触れ合い。

 それは戦いの世界とはまるで違う、柔らかで、壊れそうな温度だった。


 離れた後、ユーコは頬を赤らめ、視線を落とした。

「……マーカス、そんなの……ずるいです。」


「悪いな。我慢ってやつが、どうも苦手でさ。」


 マーカスは小さく笑い、そして真っ直ぐ彼女を見つめた。


「でもな、これだけは約束する。

 ユーコ、お前のことは俺が護る。

 何があっても。」


 彼女は胸に手を当て、静かに頷いた。


「……はい。信じています。」


 月が白く輝き、風が花を揺らした。

 封印の地を包むその光は、まるで二人の心を祝福するように、静かに揺れていた。



《第五節:謁見の間》


 七日後。

 三人はフィナティピ王の謁見を受け、正式に感謝と報酬を授かる。

 王は彼らに旅の続行を託し、次なる地・メルツへの通行証を授けた。


マーカス「行くぞ、次はウェールミオだ。」

リュゼ「また氷原を越えるのか……悪くない。」

ユーコ「この旅が、世界を繋ぐ道になりますように。」


 三人は朝の光を背に、王都を後にする。

 封印の白き塔が遠ざかり、風が穏やかに三人の背を押した。

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