【第五章:フィナティピ王国篇】

第13話 『氷露柱編Ⅱ/仮面の男の真名』


 氷の風が止んだ。

 ただ、白い息だけが静寂を裂いていた。


 崩れた氷露柱の麓に、マーカス、ユーコ、リュゼの三人が立つ。

 暴走を抑えた封印は淡く輝き、凍結の大地を穏やかに照らしている。


 だが、マーカスは背を向けていた。

 氷壁の奥から漂う、あの不快な“気配”――。


「……消えてねぇな。さっきの野郎。」

 帽子のつばを指で押し下げ、魔銃の安全装置を外す。


 次の瞬間、白霧を裂いて笑い声が響いた。


「ははは……やっぱり勘が鈍っちゃいないな、マーカス。」


 黒霧の中から歩み出たのは、あの仮面の男。

 氷の破片を踏みしめながら、軽い調子で手を振る。


「久しぶりじゃないか。ガバナーの“英雄”さんよ。」


 マーカスの眉がぴくりと動く。

「……その声、まさか……バルザ、か。」


 仮面の下で笑う唇がわずかに見えた。

「おや、随分と冷たいな。もっとこう、“生きてたのか!”って抱きついてくれてもいいんだぞ?」


「お前に触れるくらいなら、腐った銃口を舐めたほうがマシだ。」


 リュゼが槍を構え、ユーコが一歩前に出る。

 氷の空気が、張り詰める。


 バルザは片手を上げて、肩をすくめた。

「いやいや、怖いねぇ。女の子にまで警戒されるとは。……昔は俺、人気者だったんだぜ? 特に泣き顔が綺麗な子にさ。」


 その言葉に、ユーコの瞳が冷たく光る。

「あなたに“涙”を語る資格はありません。」


 バルザの笑みが深くなる。

「へぇ、いい目だ。……マーカス、趣味が変わったな。前はもっと軽い女ばっかり追ってたろ?」


「黙れ。」

 マーカスの声が低く唸る。


「おっと。怒った? ああそうだ、その顔が見たかったんだよ。」

 バルザは懐から漆黒の銃を抜く。

 銃身が氷光を反射し、青く光る。


「《ワズワース》――まだ現役だ。お前に撃たれた痕、消えちゃいなくてね。……だから、返しに来た。」


 彼の足元に闇の陣が展開し、氷原を走る。

 マーカスは即座に剣を収め、二丁の銃を同時に構えた。


「ユーコ、リュゼ。下がってろ。」

「ですが――」

「こいつは俺の“過去”だ。ケリをつける。」


 バルザが笑う。

「そう、それでいい。昔みたいに、二人きりで撃ち合おうぜ、マーカス。」


 氷の風が再び吹き荒れる。

 二つの銃口が、同時に閃光を放った。


 ――紅と黒、二つの弾丸が空を裂く。


 火花と氷片が舞い、轟音が大地を揺らした。


 リュゼが歯を噛み、呟く。

「この魔力……あの仮面の男、完全に人間じゃありません。」

 ユーコが頷き、詠唱の構えを取る。

「バルザ・キャミロッド……闇の枢機卿直属、封印狩りの執行官。まさか、こんなところで出会うなんて。」


 マーカスが一歩踏み込み、叫ぶ。

「お前が、あの村を……!」


 バルザが乾いた笑い声を上げた。

「ああ、あの氷の村か。女も子供も、いい声で泣いたぜ。俺は芸術家だからな、悲鳴は最高の音楽だ。」


 マーカスの瞳が紅に染まる。

「……その口、二度と動かねえようにしてやる。」


 二人の間で、世界が割れた。

 紅い閃光と黒い銃火が交錯し、氷原が爆ぜる。


 リュゼとユーコが距離を取り、封印柱を護る陣を展開。

 光と闇の撃ち合いが、氷の空に弾け続けた。


「お前は変わらねぇな、マーカス。まっすぐで、つまらねぇほど綺麗だ。」

「お前は堕ちた。いや、最初から救いなんざなかったんだろ。」

「救い? ははっ、そんなもん、誰かを撃った時点で手放してんだよ。」


 弾丸がぶつかり合い、火花が散る。

 氷の大地が砕け、二人の姿が光の霧に包まれた。


 ――そして、黒い笑い声だけが残る。


「また会おうぜ、英雄。次は“王”を殺す番だ。」


 闇の霧が弾け、バルザの姿が掻き消えた。


 マーカスは双剣を下ろし、雪に沈む銃弾の跡を見つめた。

「……あの野郎、完全に闇に喰われやがった。」


 ユーコがそっと近づき、彼の腕に触れる。

「大丈夫ですか?」

「……ああ。だが次は、逃がさねぇ。」


 空は曇り、氷霜柱が静かに脈打っていた。

 リュゼが槍を収め、雪を払う。

「封印は安定しました。王都に報告を。」


 マーカスは頷く。

 帽子を被り直し、遠くの空を見た。


「バルザ・キャミロッド……今度こそ、お前を撃ち抜く。」


 氷の風が再び吹き抜け、彼のコートを翻した。

 その眼差しには、宿命を断ち切る決意が宿っていた。

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