【第五章:フィナティピ王国編】

第11話 『氷露柱の呼息(こおりのいき)』


 風は途絶え、世界が一瞬、息を止めた。

 雪原の果て、氷壁の断層が淡く青光を放つ。

 その中心――封印柱〈氷露柱〉の座標が、ゆっくりと脈を打っていた。


「……聞こえるか?」

 マーカスが囁く。

 霧の向こうで、低い共鳴音が大地を震わせる。

 リュゼは頷き、槍の先を雪に立てた。

「これは……“調律の環”が再び起動を始めている。封印石が呼吸しているんです。」


 ユーコの瞳が淡く輝く。

「封印の波形、安定していません。誰かが干渉している……!」


 その瞬間――

 氷壁の上空が裂けた。

 蒼白い稲光が奔り、巨大な陣形が浮かび上がる。

 雪と風が逆巻き、そこから黒い霧の影が降りてきた。


「……あれは……!」

 リュゼが声を張る。

 霧の中から現れたのは、五体の影。

 それぞれ異形の仮面をかぶり、黒鎖の布を纏った〈カース・コンヴェント〉の眷属たちだった。


「封印を、渡してもらおうか。」

 最前の影が、氷を砕きながら進み出る。

 声は冷たく、まるで金属を擦るように響いた。

 マーカスはすでに魔銃と魔剣を抜いていた。

「やれやれ……やっぱり出てきやがったな。

 封印が動くたび、虫どもが這い出してくる。」


 一瞬の静寂。

 次いで、氷原が爆ぜた。

 銃声と魔法の光が交錯し、空を裂く。

 ユーコの詠唱が響く。


「水の環よ、蒼の盾となれ――《ルーミネ・アクア・サークル》!」


 聖水の障壁が広がり、黒霧を弾く。

 その間に、マーカスが駆け抜ける。

 魔剣〈ソウルイータ〉が唸り、氷片を砕いた。


「リュゼ、右側を頼む!」

「了解――《氷環・誓律展開》!」


 誓士の槍が光を放ち、円陣を描く。

 五体の影が同時に跳躍するが、その動きを氷槍が封じた。

 だが、彼らは笑った。

「……無駄だ。我らは“封印の血”より生まれしもの。」


 影の一体が腕を広げ、氷壁の中心に手をかざす。

 その掌から闇の符が走り、封印柱へ突き刺さる。

 大地が鳴り、氷の結晶が音を立てて崩れていく。


 ユーコが悲鳴を上げた。

「だめっ! あの符は封印を汚染する!」


 マーカスは即座に銃を構えた。

「だったら撃ち抜くまでだ。」


 銃声。

 黒の符が砕け、霧が散る。

 しかし、その中心から新たな影が現れた。

 巨大な氷の鎧を纏い、眼窩から蒼光を放つ“封印の守護者”――。


 リュゼが息を呑む。

「……封印が、自らを防衛している……!」


 風が唸り、雪が渦を巻く。

 マーカスは銃剣を構えたまま、ユーコへ視線を送る。

「どうする、ユーコ。」

「戦うしかありません。……でも、これは“試練”です。封印が私たちを試している。」


「なら――応えてやろうじゃねぇか。」


 三人の姿が、蒼光の奔流の中へと溶けていく。

 氷露柱が吠え、天を突く光が空へと昇る。

 それは“第三封印柱・部分解除”の直前に訪れる、運命の刻。


 世界は凍てつく音を立てながら、再び動き出した。

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