【第五章:フィナティピ王国篇】

第5話 『封印の欠片、或いは氷上の誓い』

― 星霊教内部での兆候編 ―



 ――月は氷冠の上に立ち、光は聖塔の尖端で砕け散る。

 星霊の祈りが途絶えて、すでに三夜。

 静寂はただの沈黙ではなく、何かを“待っている音”のようであった。


 星霊教本庁〈ルミナ・クロイツ〉。

 銀のドームの下、九環の祈祷台が並ぶ広間に、白衣の巫女たちが沈思していた。

 祈りの旋律は消え、代わりに淡い氷煙が祭壇の中央を覆っている。

 それは“声なき星”――星界との接続が一時的に絶たれた証。


「……星の調律が乱れています。」

一人の巫女が囁いた。

「ユーコ・クラウス・リップコットンの報告では、北方の塔に“蒼印”の共鳴が再生したと。」


 座の上位に座す老巫主は、杖をゆるく握りしめた。

「蒼印――古の封印印章群の一つだな。

かつて星霊教がその存在を封じ、歴史から消したはずの。」


 淡く震える光の中、祈祷陣の中心に星図が映る。

 そこには北方の氷原の一点、薄い蒼光の脈動が記録されていた。


「……再び、開かれようとしているのか。」



【沈黙の会議】


 その夜、ユーコは本庁の回廊を歩いていた。

 月光は磨かれた白石を冷たく照らし、足音が長く響く。

 彼女の胸の奥では、まだ“星の声”が戻らない。

 けれど――

 静けさの中に、微かに“呼ぶ声”が混じっているのを感じていた。


「あなたは、星に選ばれたのではない。……星に問いかけたのだ。」


 背後から、第一審問官セリア・ノートンの声がした。

 その眼差しは厳しくも、どこか哀れみを帯びていた。

「封印を触れる者は、祈りの外へ落ちる。

それが星霊教の最初の戒めです。」


 ユーコは静かに振り返る。

 瞳の奥には、雪よりも淡い決意があった。

「……けれど、星が黙しているなら、誰かが問いかけなければなりません。」


 セリアは短く息を呑む。

 その瞬間、祭壇の上の氷灯が一つ、ひび割れて砕けた。

 そこから漏れた青白い光が、床の紋章をゆっくりと染めていく。


 ――蒼印、再び脈動す。



【語りの声】


語り手は言う。

「祈りが途切れたとき、信仰は形を失い、

 その隙間に“真実”が芽吹く」と。


だがその真実こそ、封印の欠片――

氷上に映る影の正体であった。

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