【第五章:フィナティピ王国篇】

第3話 『氷都フロストベルク ― 白き誓士の酒杯 ―』


 氷霧の渓谷での戦いから数刻後。

 三人は王国北端、氷都〈フロストベルク〉にたどり着いた。


 街は雪を抱きながら、透き通る青と白で構成されている。

 氷精の加護で溶けない街壁、星光を反射する屋根、

 通りには氷花細工の露店と香辛氷酒の香り。

 子供たちは雪上で「風霊石」を打ち鳴らし、遊びの中で祈りを捧げていた。


「……綺麗ですね」

 ユーコが小さく微笑んだ。

「この国では、氷と風は“命を保つ契り”とされているんです」

「命の契り、か。洒落てるじゃねぇか」

 マーカスが肩の雪を払いながら笑う。


 リュゼは街の中央塔を見上げていた。

 腕に絡む聖銀の腕輪が、脈のように微かな光を放つ。

「……久しぶりだ。この街に戻るのは」

「以前に来たことがあるのですか?」ユーコが問う。

「ええ。昔、誓士団の補佐任務で。

 あの塔――〈氷紋の塔〉には、今も彼らの誓いが刻まれています」

 その声音には懐かしさとわずかな痛みが混じっていた。



 夕暮れ。

 三人は市街の酒場〈氷花亭〉の奥席に腰を下ろした。

 炉の灯が赤く揺れ、窓越しに粉雪が踊る。

 卓には雪鹿の炙り肉、氷果の漬け、蒼光酒。


「……こりゃたまらん」

 マーカスは豪快に肉を頬張る。

「氷の国なのに料理は熱い、ってのがまた粋だな」

「ふふ……。この国の人は、冷たい外気に抗うために、香辛料を多く使うんですよ」

 ユーコが穏やかに説明する。


 リュゼは杯を手にし、静かにその香りを嗅いだ。

「この香り……昔、誓士団の宴で嗅いだものと同じだ。

 氷果の酒は、誓いを交わした者の絆を象徴するんです」


 マーカスはその言葉を聞きながら、ゆっくりと杯を傾けた。

「リュゼ。お前……まだ、旅を続けるつもりか?」

「ええ。僕には、まだ果たせていない誓いがあります」

 リュゼの声は淡々としていた。

 その横顔を見つめ、マーカスは微笑んだ。


「なら――俺たちと来ないか」

「……え?」

「封印を解く旅だ。お前の槍があれば、どんな凍土も突き破れる」

 リュゼは一瞬言葉を失い、そして静かに杯を置いた。

「……分かりました。僕でよければ、力を貸しましょう」


 その瞬間、腕輪が淡く光を放った。

 彼の中の誓いが、新たな旅の形を得たのだ。



 と、その時。

 酒場の扉が冷気とともに開いた。

 黒衣の影が差し込み、鋭い金属音が響く。

 マーカスが杯を持つ手を止めた。


「……バルザ・キャミロッド」

 名を呼ぶ声は、低く、鋭く。


 黒衣の男はゆっくりとフードを下ろした。

 赤環を刻む教団紋章――闇の契約教団の印。

 腰には二挺の魔銃ワズワースと《レインドロップ》。

「久しいな、マーカス。封印の旅とは、らしくない」

「……お前こそ。契約の鎖に縛られて、まだ人でいるつもりか」

「人? フッ。神々の使いを斬り捨てた時点で、俺たちは同じ穴の狢さ」


 ユーコはわずかに詠唱の前構えを取り、

 リュゼは静かに腕輪へ触れた。


「やめとけ」

 マーカスが低く言った。

「ここは人の街だ。……続きは外でやる」

「ふっ。お前がそう言うと思っていた」

 バルザは冷たい笑みを浮かべ、氷霧の夜へと姿を消した。


 残された空気は重く、炉の火が小さく爆ぜた。

 リュゼがぽつりと呟く。

「……あの男、闇の契約教団の執行官ですね」

「知ってるのか?」

「はい。彼の銃声は、この大陸では悪夢の鐘として知られています」

 マーカスは黙り込み、酒を飲み干した。


 その琥珀の光の中に、過去の友情と、決して消えぬ宿命の影が揺れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る