【第四章:インデビト王国篇】「深層の審律」

第7話 『➖➖インデビト滞在編:静養の数日と次なる旅立ち➖➖』


 封印戦の終焉から三日。

 インデビト王都〈トリル=メッサ〉の空は、柔らかな灰青の霧を纏っていた。

 封印の残響がまだ街の空気に残り、人々は静かに祈りを捧げている。

 大地の鼓動は落ち着きを取り戻し、風はようやく、安らぎの匂いを運び始めた。


 マーカスとユーコは、王都外れの古き宿院〈リュフェリアの庵〉に滞在していた。

 白石の壁と薄青の窓硝子が並ぶ静かな場所。

 中庭には水精樹が植えられ、その葉から零れる露が淡く光を放っている。


 ――封印の地での戦いは、彼らの肉体だけでなく、心の深奥にも爪痕を残した。


 朝。

 マーカスは薄明の光を浴びながら、剣の整備をしていた。

 刃に刻まれた魔紋が、静かに呼吸をするように脈動している。

 近くの机では、ユーコが魔導書と惑星盤を前に祈りの調律を行っていた。

 彼女の周囲には、淡い光球が幾つも浮かび、緩やかに旋回している。


「……少し、呼吸が変わりましたね」

「戦いのせいか、心のせいか……どっちだろうな」


 マーカスの冗談めかした声に、ユーコはそっと微笑んだ。

 その笑みは、どこか遠慮がちで、けれども確かに温かい。


「私は、信仰の内にしか“答え”を見いだせないと思っていました。

でも……あなたと共に在るとき、祈りが形を変えるんです。

まるで、星々が――あなたを中心に軌道を描くみたいに」


「……俺が中心、ね。そんな大それたもんじゃねえよ」

「ふふっ、そうでしょうか」


 二人の間に、穏やかな沈黙が流れた。

 ユーコは少しだけ視線を落とし、胸に手を当てる。

 そこに灯るのは“惑星の光”――第二段階〈信仰覚醒〉の証。

 彼女の内に宿る神聖魔力が、より深く星と結ばれたことで、その魂が“惑星術士”として完全に目覚め始めたのだ。


 マーカスはその輝きを見つめながら、無言で頷いた。

 それは称賛でも畏敬でもない。ただ、共に歩む者としての静かな理解。



 夕刻、二人は庵の外、丘の上へと足を運んだ。

 インデビトの街を見渡せる場所。

 夕陽が大地を黄金色に染め、風が遠くの鐘楼を鳴らしていた。


「この景色、戦いの前とは違って見えるな」

「……ええ。世界が、少し優しくなった気がします」


 マーカスが横目で彼女を見ると、ユーコは頬を紅く染め、少し距離を詰めるように立っていた。

 ほんの少し、指先が触れそうなほどの距離。

 風が吹き抜け、彼女の白金の髪がマーカスの肩をかすめる。


「マーカス……次の封印も、共に――」

「当たり前だ。俺の旅は、お前と一緒にある」


 その一言に、ユーコの胸の奥で何かが静かに鳴った。

 言葉ではない、光でもない、ただ“在る”という確かな響き。

 それが、彼女の第二段階覚醒の真なる核心――

〈信仰と共存の悟り〉。



 その夜。

 王都の聖堂地下、封印観測塔〈ルシエンノード〉の水鏡が再び震えた。

 遠く離れた三つの宗派が、それぞれの聖地で異変を感知する。


 北の〈聖双冠教団〉では、叡智卿が星読盤を前に沈黙を保ち、

 南の〈黎明律院〉では、巫女長が書架に残る古き予言を読み返す。

 そして西方の巨大宗勢〈ミルディオ聖省〉では、教皇席の奥にて祈祷師が呟いた。


「第二の光、顕現す。

その名、ユーコ・クラウス・リップコットン――惑星に愛された者。

まだ異端ではない。だが、このまま進めば……」


 祈祷師は言葉を止め、水鏡の向こうに映る白衣の影を見つめた。

 その視線の奥にあるのは恐れか、それとも――憧れか。



 翌朝。

 マーカスとユーコは、旅の支度を整えていた。

 行き先は北東――フィナティピ王国。

 大陸中央封印のひとつ〈風環の塔〉がある地。


「次も楽じゃねえだろうが……今度は、もう少しうまくやれそうだ」

「ええ。私たちは――少しずつ強くなってますから」


 風が吹き抜け、二人のマントが重なる。

 その背を、インデビトの朝日が包み込んだ。


 こうして、封印解放の旅は再び始まる。

 けれどもこの静寂の裏で、三教団の思惑と、そしてマーカスの因縁の“沈黙の動き”が、確かに息を吹き返していた。

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