【第四章:インデビト王国篇】「深層の審律」

第5話 『異端の報せ ― 三教団動乱の兆し ―』



《 ― 星祈殿・暁光の回廊 ―》


 水環封印が解かれた夜から三日後。

 ユーコは未だ回廊の奥、青銀の泉の前で祈りを続けていた。

 天蓋の星々は沈黙し、ただ水面だけが微光を揺らしている。


 マーカスは背後の壁にもたれ、帽子のつばを下げたまま静かにその背を見守っていた。


「……お前、まだ祈ってんのか。」

「祈りではありません。……星々が、何かを拒んでいます。」


 封印の解放と共に訪れた“覚醒”。

 それはユーコの祈りを“神の制御”から解き放った代償でもあった。


 星霊教の巫女である彼女の内で、“神の声”が今までとは異なる調べを奏で始めていた。



《 ― ハイフィディック連合国群・インデビト王国 星霊教総本院 ―》


 白磁の会堂に十三の星導司が集う。

 中央高壇の老導師が厳かに告げた。


「巫女ユーコ・クラウス・リップコットン――

彼女の星詠は、神の定めし律より逸脱している。

我らは“異端”を見過ごすことはできぬ。」


 その言葉に会堂はざわめき、やがて封印の地での一件が「神律逸脱」として記録される。


 この報告は、同じハイフィディック連合国群内にある法務主導の聖典庁へ送られると同時に、光神教の聖堂にも“霊感波(オラクル・ウェイヴ)”として伝わった。


 それは物理的な伝令ではなく、星霊教と光神教を繋ぐ“神聖共鳴帯”による“感応”であった。



《 ― 同刻 ハイフィディック連合国群・ファニング王国 光神教聖騎士院 ―》


 光神教団の総監ローデリク・フェルバウムは、

聖句の朗誦を止め、眉をひそめた。


「……星霊の巫女が、神の声から逸脱したと?」


 胸元の聖印が淡く光を放ち、星霊教本院からの“波”が確かに彼へ届いていた。


「ならば、光の秩序の名において、我らが浄化せねばなるまい。」


 彼の命で第一聖騎士団が動き出す。

 目的は、“覚醒巫女”ユーコ・クラウスの拘束と審問。


 だが、彼らの行軍をさらに上層で観察する影があった――。



《 ― 夜の港湾都市〈ノクス=ヴェイル〉 ―》


 朽ちた倉庫群の地下、黒環の祭壇。

 闇の契約教団(カース・コンヴェント)の指導者、サーヴァイン・グラディウスが黒い燭火の中で立っていた。


「星霊教は亀裂し、光神は狂い始めた。

ならば時は熟す――“再調律”の儀を始めよう。」


 八名の闇枢機卿が膝をつき、祈りを捧げる。

 そしてその暗闇の奥から、ひとりの男が進み出る。

 黒外套に二挺の銃を提げた、鋭い眼光の射手。


「……バルザ・キャミロッド、報告に参上。」

「旧友マーカス・ロッティの動向を。」

「封印を解いたそうだ。だが……奴は次、俺の弾の前に立つ。」


 冷笑とともに、闇が波打ち、月光が反転する。



《 ― 暁光殿の夜明け ―》


 泉の水面に光が射す。

 マーカスが歩み寄り、ユーコの肩に手を置く。


「星は沈黙してるが……嵐の前ってやつかもな。」

「……ええ。でも、その嵐を越えなければ、星々は再び歌わない。」


 彼女の声に、祈りの響きはもうなかった。

 代わりにあったのは、覚醒した巫女の静かな決意。


 だが、彼らの知らぬところで、三つの教団の歯車が、確かに噛み合い始めていた――

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