【第四章:インデビト王国篇】「深層の審律」

第3話 『水環試儀(アクア・アセスメント)』


 インデビト王国中枢、〈審律の都ルベル=ハルマ〉。

 その中央にそびえるのは、白亜の水環殿。七重の円塔が水に浮かび、各階層を流れる水脈がまるで世界の血流のように鼓動していた。


 塔の最奥にて、マーカス・ロッティ、ユーコ・クラウス・リップコットン、そして導師セルナ=オルドは、水の審律試儀に臨んでいた。


「心を映せ。水は欺かぬ。光を偽る者、沈むべし」

――審律文・第一節より


 円形の大水鏡が広がる。

 透明な水面には、七つの光環が浮かび、ひとつひとつが異なる波長を刻む。

 その中央に立つのは、マーカス。


セルナ:「汝が名、汝が誓い、汝が血に宿る“律”を問う。心の底より揺らぎを晒せ、灰街の渡人よ」


 マーカスは無言で左掌を開き、自らの魔剣「ソウルイータ」を水面へ突き立てた。

 瞬間、赤黒い魔光が水に滲み、渦が生じる。

 水鏡は彼の心を映し――そこに現れたのは、過去の影だった。


 血と炎の夜。

 リボルバーキャノンの街を襲った“魔素暴走実験”の記憶。

 仲間を、愛した者を、守れなかった光景。

 その中心にいたのは、若き日のマーカス自身。


マーカス:「……くそったれな幻影だ。だが、逃げねぇ。俺の罪も、誓いも、全部この手で撃ち抜くために――」


 彼が再び銃剣を構えたとき、水環が紅く共鳴した。

 雷鳴にも似た轟音が塔を震わせ、赤い水の光が七層を貫く。


 セルナの唇がわずかに動いた。

「彼の“律”……怒りに見えて、実は守護の誓い。審律の基、通過を認む」


 ユーコはその隣で静かに胸へ手を当てた。

彼女の順番が来る。


 彼女の足元の水が、淡い白光を放つ。

 水鏡に映るのは、かつての彼女――

 “惑星術士”として、ひとり異界と契約を交わした夜。


 その夜は、星の声しか友を知らぬ孤独の時だった。

 惑星の鼓動に耳を澄ませ、祈るように言葉を紡ぎ、幾多の光を渡っても、まだ「誰かを信じる」という感覚を知らなかった。


 だが――いま、彼女の胸の奥で何かが応えた。

 静かな水面に、微かにもうひとつの影が重なる。

 それは、いまの彼女が知る“信頼”の形。

 過去の孤独へと手を伸ばすように、心が時を超えて囁く。


 ――あのとき知らなかった信頼が、いまなら分かる。

 その名を、マーカスという。

 孤独と信頼の狭間で、マーカスを信じた瞬間。


 白光が一度だけ強く脈打ち、そして水面は静寂へと還る。

 幻は消え、ユーコの瞳には確かな光が宿っていた。

 彼女は自らの心の水律を通過した――

 惑星の声と人の絆、その両方を抱いたまま。


ユーコ:「私は光を導く。彼が闇を背負うなら、私はその闇を照らす。審律よ、私の想いが偽りなきことを示して」


 柔らかな声が水環全体に響き渡り、水面の光が七色に分かれ、やがて純白に収束した。


 セルナは杖を掲げ、厳かに宣言する。

「審律通過。汝ら、第五柱“時の律”の門を開く資格を得た」


 水面が裂け、螺旋状の光の階段が地下深くへ続いていく。

 そこが“深層審律”の領域――

 封印の根源、“時の調律柱(クロノ・ピラー)”の在処である。


 マーカスは剣を収め、ユーコの手を取り、セルナとともに階段を降り始めた。


 水環の音が次第に遠ざかる。

 やがて、時の流れそのものが歪み始めた。

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