【第三章 :メルツ王国編】

第7話 『救出、そして崩れ落ちる背』


 ギルドの扉が重く押し開かれた。


 夜の静けさを破るように、血に濡れた影が歩みを進める。

 マーカスだ。その後ろには、まだ震えの残る三人の白魔導士が続いていた。


 扉のベルが乾いた音を響かせると、受付にいたギルド員が顔を上げる。


 「戻ったぞ……全員、無事だ」


 そう告げたマーカスの声は低く、掠れていた。

 返事をする代わりに、ギルド員たちは一斉に駆け寄り、三人の女性を支えた。


 栗色の髪の女性は力なく項垂れ、

 漆黒の髪の女性はようやく息を吐きながら壁にすがった。

 そして金髪の女性――ユーコは、ふらつきながらもマーカスの後ろ姿を見続けていた。


 「……ここまで、来れた……」


 その声は震えていたが、確かな安堵があった。


 マーカスは頷き、ギルド員に短く指示を出そうとした。

 だが――その瞬間だった。


 足元がふらりと揺れ、視界が暗転する。


 「――っ!」


 踏みとどまろうとした身体が、言うことを聞かない。

 肩と脇腹の傷から溢れる血が、軽鎧をさらに赤く染めていく。


 ずっと張り詰めていた気力が、

 救出を終えた今になって、糸のように切れたのだ。


 「戦士さん!」


 最初に駆け寄ったのはユーコだった。

 金髪が揺れ、彼の体が崩れ落ちる前にその腕を支え――

 しかし細い腕では支えきれず、二人は床へと倒れ込むように横たわる。


 「誰か、手を貸してください! 治療室へ!」


 ユーコの叫びに、ギルド員数名が走り寄り、

 すぐにマーカスを肩と足から抱え上げた。


 「血の量が……急げ、ベッドを空けろ!」


 ギルド奥の治療室へ運ばれていく間、ユーコはその横にぴたりと寄り添い続けた。

 栗色と漆黒の二人も、心配そうに後ろから追いかける。


 治療室に運び込まれた瞬間、灯りが一斉に点され、

 白い布の上にマーカスの体が横たえられた。


 「ユーコ、あなたは……もう魔力が残ってないでしょう!」


 栗色の髪の女性が焦った声で止めようとする。

 だがユーコは首を振った。


 「……少しだけでも、できます。

  さっき応急処置したとき……彼のおかげで、動けたんです」


 震える手をマーカスの胸元へ伸ばし、そっと触れる。

 そこから、かすかに波動のようなものが伝わってきた。


 自分の命を削るように守ってくれた――あの温かい脈動。


 「だから……もう少しだけ……!」


 淡い光が、指先からにじむように生まれた。

 頼りなく揺れる治癒の魔力。

 それでも、彼の傷口を閉じるには充分だった。


 ギルドの治療士がさらに後を引き継ぎ、

 包帯が巻かれ、止血が施されていく。


 「……命に別状はない。

  ただし、かなりの失血だ。意識が戻るまで時間がかかる」


 その言葉に、三人の白魔導士は同時に息を吐いた。


 ユーコはベッドの傍に座り込み、血のついた手を胸に当てる。


 「……助けてくれて……ありがとうございます……」


 俯いた顔には涙が落ち、その肩が小さく震えていた。


 栗色の髪の女性は、ユーコの背中にそっと手を添えた。

 漆黒の髪の女性も、言葉は無いが、静かに寄り添う。


 その中で、ユーコだけがマーカスの手を握ったまま離れなかった。


 治療士が言ったように、意識はまだ戻らない。

 だが、彼の胸はゆっくりと上下し――確かに生きている。


 ユーコの胸の奥で、あの“波動”が微かに応えた。


 ――まだ、この人は戦える。

 ――必ず、また目を覚ましてくれる。


 その確信が、恐怖に支配されていた心を静かに癒していく。


 やがて、ギルド外では夜風が吹き、月明かりが静かに差し込んでいた。


 救出は成功した。

 守られた命はここにある。


 しかし――これはまだ、始まりに過ぎない。


 倒れた背の先で灯った希望は、

 やがて彼らをさらに深い闇と、新たな戦いへと導いていくのだった。

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