【第三章 :メルツ王国編】

第5話 『儀式の刻、迫る』


 夜が街を覆う頃、古い貴族屋敷の奥には、異様な空気が張り詰めていた。


 薄暗い地下室。キャンドルの赤い光が揺れ、壁に描かれた古の魔符が不気味に反射する。


 白魔導士五名――そのうち二名はすでに命を失い、残る三人は恐怖に震えながら肩を寄せ合っていた。


 淡い金髪の女性は、微かに震える指先を握りしめる。息を吐くたびに肩が小さく揺れ、胸の奥で高鳴る鼓動が恐怖と希望を交互に打ち鳴らす。


 深い栗色の髪の女性は、歯がカタカタと鳴るのを抑えながら、周囲を見回す。目に涙をため、震える唇で言葉にならぬ祈りを呟く。


 漆黒の髪の女性は、床に背を預け、微かに身体を震わせる。小さな息遣いが、静かな暗闇に反響し、存在をかろうじて示していた。


 冷たい石壁に背を押し付け、かすかに漏れる声を互いに頼りにする。

 目に見えぬ糸で結ばれたような、微かな連帯感だけが、心を支えていた。


 「どうか……間に合いますように」

 淡い金髪の女性の声が、かすかに震えながら暗闇に響く。


 胸の奥に響くその声は、どこか懐かしく、しかし確信は持てない。

 微かに胸が疼く感覚に、恐怖と希望が入り混じった複雑な想いが巻き起こる。


 儀式を準備する者たちの足音が階段を駆け上がり、低い声で指示が飛ぶ。


 重厚な扉の向こう、祭壇の上には古びた書物と、儀式の道具が整然と並ぶ。


 赤い光に反射する銀の器具。捕らえられた仲間たちの震える手足。

 闇に沈む光景は、恐怖をさらに鮮明に映し出していた。


 淡い金髪の女性は肩を寄せたまま目を閉じる。

 指先が微かに震え、唇がかすかに動く。


 栗色の髪の女性は、涙をぬぐいながら、床にうずくまり震えを抑える。

 漆黒の髪の女性は肩を抱き寄せ、目を細めて暗闇を見つめる。


 思い出す――先ほど胸に残った声、あの存在。

 誰であるか、まだ確信は持てない。

 だが胸の奥で波打つ鼓動は、必ず来る者がいることを示していた。


 「急げ……時間がない」

 低く響く声が、地下牢の奥まで届く。


 儀式を執り行う者たちは、段取りを確認しながら三人を祭壇へ連れ出す準備を進める。


 鎖が軋む音、衣擦れの音、そして息遣い。

 そのすべてが、暗い空間に緊迫感を張り巡らせていた。


 淡い金髪の女性は目を細め、震える肩を抱き寄せる。

 栗色の髪の女性は歯を食いしばり、恐怖に抗おうと必死に震えを抑える。

 漆黒の髪の女性は、手足を微かに動かして互いを支える。


 目の端に映るもの――赤く光る蝋燭の炎、儀式用の魔符、近くで揺れる仲間の姿。

 恐怖が胸を締め付ける。

 だが胸の奥に残る声を思い出すたび、手足がわずかに軽くなる。


 儀式を進める者たちは、祭壇の周囲に立ち、儀式の順序を確認する。


 手に持った杖が淡く光り、壁の魔符が赤黒く反射する。

 古い書物から読み上げられる呪文の響きが、三人の心に恐怖と圧迫を刻む。


 「……逃げられない」

 肩を寄せ合う仲間の小さな声が聞こえる。


 しかし胸の奥に残るあの声の記憶が、揺らぎかけた心に微かな光を灯す。


 恐怖に抗い、希望を抱く瞬間。

 その脆くも確かな光だけが、三人を支えていた。


 地下牢の扉が軋み、儀式を進める者たちの準備音が重く響く。


 淡い金髪の女性は呼吸を整え、肩越しに仲間を見やる。

 栗色の髪の女性も目を細め、漆黒の髪の女性は微かに手を握りしめる。


 互いの目には、恐怖の中に潜む決意と、わずかな勇気が映っていた。


 胸奥に残る微かな振動が、今ははっきりと輪郭を帯びていた。

 ――来る。

 誰かが、こちらへ向かっている。


 その思いだけを頼りに、三人は震える手を握りしめる。

 冷たい石床が、微かに心を落ち着かせる。


 赤い光が揺れる中、儀式の刻が刻一刻と迫る。


 脈打つ鼓動、鎖の軋む音、胸に残る声の余韻――すべてが時を告げる。


 三人は目を閉じ、心の中で祈る。

 ――間に合いますように。必ず、間に合いますように。


 その祈りは暗闇に吸い込まれながらも、微かに光を帯びて心を支える。

 外の世界で動く者の存在を、まだ確信できないまま。

 だが、信じる心だけが、今の彼女たちを立たせていた。

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