【第三章 :メルツ王国編】

第4話 『救出の準備』


 夜風が街路を抜ける頃、マーカスは一度、屋敷の影から離れた。


 冷たい空気が鎧の隙間に入り込み、左肩の調律印がまた微かに疼く。

 あの地下牢の光景が、胸の奥に重く残っていた。

 微かに立ち上る湿気の匂い、かすかな血の香りが、彼の感覚を離れようとしない。


 装備を整えるため、彼は足早に街を巡る。

 〈罠解除道具〉や回復アイテムを確認し、必要な物資を揃えていく。

 背中の二本の剣、腰に携えた二丁の銃を確かめる。

 手に力を込めながら、思考を巡らせる。


 ――あの三人が、地下牢に潜んでいる。

 あの冷たい暗闇の中で、怯えながらも互いを支え合っている。

 かすかに聞こえた吐息、衣擦れの音、壁に反響する微かな声――

 全てが胸に残り、救出への決意をさらに強めていた。


 ギルド《コールドリム》に戻り、最小限の協力を依頼する。


 職員たちには情報と装備の確認だけを伝え、これ以上は干渉させない。

 この任務は、自分一人で決着をつける必要があるのだ。

 だが、支援の手が完全に遮断されているわけではない。

 必要最小限の安全策として、ギルドの協力を得るだけで十分だった。


 準備を進める間も、あの三人の息遣いが胸の奥に残る。

 短い会話の断片、怯えた瞳の揺れ、肩を寄せ合う微かな身振り――

 全てが、心に深く刻まれ、行動への覚悟を研ぎ澄ます。


 闇に沈む街の中、屋台のかすかな灯りや遠くで響く足音が、夜の静けさを引き立てる。

 風に揺れる街路樹の影、石畳に落ちる月光――

 どれもが次に起こる戦いへの予兆のように感じられた。


 手にした装備の冷たさが、鼓動を伝え、心を研ぎ澄ませる。

 ひとつひとつの動作が、任務への集中を呼び起こす。


 「よし準備は万全だ……行くとするかぁ。彼女等の命を取り戻す」

 低く呟く声に、夜風が応える。

 胸の奥で微かに残る既視感が、静かに波打つ。

 あの三人の存在が、確かにそこにあると告げるように。


 地下牢にいる三人も、恐怖の中で希望を抱いている。

 互いに肩を寄せ、微かな光を見つめる瞳に、揺らぐ不安とわずかな安心が混じる。

 「大丈夫……あの人が、迎えに来てくれる」

 まだ確信には至らずとも、微かな安心が胸を満たしていた。


 マーカスは再び街の影に溶け込み、次の行動に備える。


 闇に紛れる足取りは静かで、しかし決意に満ちていた。

 装備の重さも、冷たい風も、胸の高鳴りも――

 全てが、救出のための呼吸となる。


 胸に残る恐怖と希望の混ざった波動を、彼は忘れない。

 暗闇の街路、路地に潜む影、屋根の上を滑る夜の風――

 あらゆる情報が、次の行動への道筋を描いていた。


 ――行くしかない。

 地下牢の闇を抜け、三人の命を取り戻すために。


 風に舞う落ち葉が夜の静けさを揺らす。

 街は眠り、しかしその静けさが、彼の決意を受け止めていた。


 胸に残る恐怖と希望の波動を抱え、次に踏み出す一歩一歩に全てを懸ける。

 夜の街の闇は深く、しかし、マーカスの胸に宿る決意の光は、確かに揺らがなかった。

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