【第三章 :メルツ王国編】
第2話 『白魔導士失踪事件の闇』
朝の街はまだ薄靄に包まれていた。
冬の光は弱く、石畳を淡く染める。
遠くの鐘楼から微かに響く鐘の音が、静かな街の呼吸を刻む。
マーカスはギルド《コールドリム》の広間で、昨日受け取った資料に目を通していた。
広間には朝の光が差し込み、古びた木の机や書棚を柔らかく照らしている。
小鳥の声が遠くで響くが、その静けさの裏に、どこかざわめく空気が混じっていた。
五名の白魔導士――すべて女性――が行方不明になった記録。最後に目撃された場所、監視者の証言、地図上の位置。どれも断片的で、しかし不穏な共通点を孕んでいた。
紙の隅々には、まるで血のように重苦しい影が滲んでいる。
左肩の《調律印》が、微かに疼く。
――何かが、ここに潜んでいる。
その感覚に、マーカスの胸の奥がざわめいた。寒さでも、光の加減でもない。
まるで知らぬ誰かの視線が、自分を確かめるように静かに忍び寄るかのようだった。
そこへ、ギルド職員の青年が資料を手に近づいてくる。柔らかい赤髪の青年は、眼鏡の奥で少し不安げにマーカスを見つめた。
「旅人さん、もう一度確認されますか?」
「あぁ。五名の詳細を頼む」
青年は深く息を吐き、声を低くした。
「ここ数日で、消息を絶ったのは五名の白魔導士です。そのうち二名は遺体で発見されました」
マーカスは地図に指を走らせながら頷く。
場所は王都の周辺だ。全ての目撃情報が街道沿いに散らばっており、何者かが組織的に動いている気配を感じる。
「王国魔術庁は公には動かず、隠蔽しようとしてやがるな」
「なんだか、きな臭せ〜」
「はい。ただ、失踪した白魔導士の大半は〈星霊教〉の者です。教団側は内部で完全な調査を進めており、独自に動いています」
「星霊教…」
マーカスは眉を寄せた。
政治的な匂いと、宗教的な緊張感。二つの圧力がこの事件を複雑にしている。
公的な報告書にはほとんど記録が残らず、事態は闇の中で進行している。
「組織的だ。狙いは魔術に関係している」
マーカスは資料を再び手に取り、思考を巡らせる。被害者は全員女性の白魔導士である。偶然の一致ではない。明確な意図を持った計画が、背後に潜んでいるのだ。
ギルドの空気が、微かに重くざわめいた。人々は書類に目を落とし、互いに小声で囁く。だが、誰も口に出せない緊張が場を支配している。その静寂を、マーカスは鋭く感じ取った。
「よし……少し、自分で動いてみるか」
青年は頷き、資料を差し出す。
「旅人さん、気をつけてください。彼女たちの行方を探すのは危険です」
「危険は承知だ。だが、見捨てるわけにはいかねぇだろ」
マーカスの声は低く、しかし揺るがない。背筋に冷たい風を感じながらも、胸の奥には決意の炎が小さく灯っている。
外の空気は、朝日の光と共に少しずつ透明さを増していく。街を包む冷たい風が、彼の頬を撫で、心を清めるように吹き抜ける。
――動くしかない。真実を掴むために。
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