【第三章 :メルツ王国編】
第1話 『旅人、メルツ王国へ』
雪を孕んだ風がマーカスのコートをさらう。
道行く人々は厚手のローブを羽織り、足下の氷は鈴のようにかすかに鳴った。
メルツ王国の門をくぐった瞬間、銀色の空気が彼の肺に冷たく馴染む。
帽子のつばを少し持ち上げ、彼は目を細めて街を見渡した。
左肩の刻印が、微かに熱を帯びるのを感じる。
その感覚は、ただの寒暖差ではない。
調律印が遠くの魔力のざわめきを拾っているのだと、彼はすぐに分かった。
――どこかで、風が泣いている。
街は氷の石畳と結晶の街灯で形作られており、屋台からは氷果の甘い匂いが立ち上る。
だが、色とりどりの露店の喧騒の向こうに、どこか重い気配が滞っていた。
マーカスは足を速め、冒険者ギルド《コールドリム》の扉を押した。
ドアの鈴がしらじらと鳴り、内部の暖気が彼の頬を柔らかく包む。
受付のカウンターでは、腕章を付けた女性が書類を整理している。
奥の掲示板には「依頼」「募集」「注意」の紙がびっしり貼られていた。
その中の一枚が、彼の目を釘づけにする。
――「白魔導士 行方不明/複数件。女性のみ」。
マーカスは用心深く掲示板へ近づき、指先で紙をなぞった。
受付の女性が軽く顔を上げる。
「初めての方ですか、旅人さん?」
「あぁそうだ。短い滞在だが、仕事を探している」
彼は軽く笑い、背の剣と銃に触れた。
「この白魔導士の件、詳しく教えてくれねぇか?」
受付の女性の表情が一変し、声が低くなる。
「はい……ここ数日のうちに、五名の白魔導士が消息を絶ちました。
殺害された者もいるらしく、街では不安が広がっています」
「誘拐と殺害――目的は?」
「魔術儀式の材料にしたい者がいる、という噂です。
国の上層部は、穏便に済ませようとしているようですが……」
マーカスは顎に指を当て、短く吐息を漏らした。
「女ばかりか」
受付の女性は小さく頷いた。
「全員、白魔導士という共通点があります。
しかも、ただの白魔導士ではなく、教団に縁のある者たちが多いと聞きます」
マーカスの左肩がまたぴくりと疼いた。
「封印の音が、こっちに近いな」
彼は呟き、掲示板の紙を引き剥がす。
「その依頼、引き受ける」
受付の女性の瞳が驚きと安堵で揺れる。
「本当に? 危険ですわよ」
「危険でも、女が狙われるのは放っておけねぇ」
彼の口調は軽くとも、その目は真剣だった。
受付は資料の束を差し出し、囁くように続けた。
「五か所の行方不明現場の地図、監視の証言、最後に接触した者の記録です」
マーカスは資料を受け取り、地図に指を走らせる。
──全て王都の周辺、だが散らばっている。
「犯人は組織的だ。しかも目的が魔術に関係している」
「王国魔術庁にも通報済みですが、公式には大々的に動きたくないようで」
「理由は……?」
受付は言葉を濁し、視線を逸らした。
「政治的な複雑さが絡んでいるとだけ……」
マーカスは小さく笑った。
「政治か。面倒だが、女を救う理由にはなる」
彼は立ち上がり、鞘に手をかけながら言った。
「少し情報を集めさせてもらう。見当がついたら、夜に一度ここに戻る」
受付は深く礼をして、マーカスを見送る。
ギルドの外へ出ると、風が冷たく迎えた。
左肩の刻印が、いつになく強く暖まるのを彼は感じた。
その感触は、不吉であり、同時に誰かを求める声のようでもあった。
マーカスは帽子を深く被り直し、足を北へ向けた。
雪の街路に彼の影が伸びる。
――行くぜ、と彼は小声で言った。
魔剣はまだ冷たく、だが心は熱かった。
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