【第二章:ファニング王国編】

第12話 『道は風を抱いて』



「澄んだ朝の風」


 朝の空気は澄み、夜の名残だけが薄く村に漂っていた。

 ファニングの家々からは、早起きの人々の気配が静かに流れ始めている。


 マーカスは荷を肩にかけ、村の出口に視線を向けた。

 剣の重みはいつもと同じはずなのに、どこか軽く感じる。


 ――呼ばれている。


 そんな感覚が、胸の奥でくすぶっていた。

 昨夜の声は、夢ではない。

もっと確かな何か。

 名前を呼ばれたわけではないのに、“こちらへ” と告げられたような、静かな確信。


 村の長老が近づき、軽く頷いた。


 「行くのだな、マーカス」


 「……あぁ。少し先に、俺を待ってる“気配”がある」


 長老は目をすがめる。

 その表情には、若者を送り出す不安と誇りが混じっていた。


 「気配、か。お前が言うなら、きっと確かなものだろう。

  無理はするなよ。風は優しくもあり、時に牙を持つ」


 「分かってる。……ありがとう。世話になった」


 短い会話。

 だが、そこに余計な言葉はいらなかった。


 道は前にしかない。

 それはずっと変わらないはずなのに、今日は少し違う意味を持っていた。



「導かれる道」


 村を出て歩き始めると、風がひとすじ横を抜けた。

 その流れに触れた瞬間、また声がした。


 〈こっち〉


 囁きのようで、歌のようでもあった。

 女性の声。

 懐かしくもあり、まだ出会ってもいないような、不思議な響き。


 マーカスは小さく笑みを浮かべた。


 「……導きってやつか?

  なら、もう少しだけ具体的に言ってくれれば助かるんだがな」


 返事はない。

 だが風は、まるで肯定するように揺れた。


 遠く、北へ続く街道の先――

 そこに、メルツ王国がある。

 冒険者と騎士たちの街。

 封魔の塔がそびえる、星霊教の国。


 そして、まだ見ぬ女性。

 いや、声だけは知っている女性。


 ユーコ――。


 名を胸の内で呼ぶと、風が少しだけ優しくなった気がした。



「風の向こうの声」


 朝の光が石壁を照らし、街はゆっくりと動き出していた。

 高台にある礼拝堂の一室で、ユーコは星図を広げていた。


 指先がふと止まる。

 胸の奥で、何かが響いた。


 「……まただ」


 横で書簡を整理していた巫女仲間が顔を上げた。


 「どうかしました、ユーコさん?」


 「……風の向こうに、誰かの気配を感じるんです。

  昨日より、もっとはっきり」


 仲間は少し驚いたように首をかしげた。


「占星術の兆し、ですか?」


 「いえ……これは、もっと個人的な……。

  でも、大丈夫。悪いものじゃありません」


 そう言いながら、ユーコはそっと目を閉じた。


 〈もうすぐ〉


 その言葉が、自分の声なのか誰かの声なのか、判別できない。

 だが確かに温かかった。


 再び目を開き、空へ視線を向ける。


 「……待っています。必ず」



【章末詩】


 風、道をひらき

  声、星を渡る


 名を知らぬ者が

  名を呼び合うその日まで


 歩みは止まらず

  物語は、まだ序章

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