【第二章:ファニング王国編】

第11話 『風の向こうの気配 』



「夜の静寂と気配」


 夜は深まり、ファニングの村はようやく静けさを取り戻していた。

 焚き火の残り火だけが、赤く脈打つように光っている。


 マーカスは腕を組み、しばらく空を見上げていた。

 冷えるはずの空気が、どこかざわついているように思えた。


 ――風の匂いが、変わった。


 そう感じた瞬間、胸の奥に微かな震えが走る。

 何かが近づいている。

 それは危険ではない。むしろ、懐かしい何か。


 だが名を呼ぼうとすると、声は喉の奥で止まった。


 「……ここじゃない、か」


 マーカスは額に手を当て、そっと息をついた。

 戦いの疲労ではない。もっと静かで、沈むような揺らぎ。


 耳を澄ますと、確かに“何かの声”があった。

 しかし、掴もうとすると消える。

 靄に手を伸ばすような、曖昧な気配だった。


 「ユーコ……なのか?」


 問いは夜空に溶け、返事はなかった。

 だが、胸のざわつきだけは確かに残った。



「遠くの呼び声」


 焚き火がぱち、と音を立てた。

 その瞬間、遠くの空で白い光がひらりとかすめた。

 雷でも星でもない。

 ただの錯覚かもしれない――

 だが、世界の“どこか”が静かに軋んだような気がした。


 マーカスは剣に触れ、かすかに眉を寄せる。


 「……急がないとな」


 メルツへ向かう道を思い描くと、胸のざわつきはさらに強まった。

 それは不安ではなく、導かれるような感覚だった。


 風がひとすじ流れ、焚き火の炎が揺れる。


 その揺れに合わせるように――

 微かで、遠い“声”が重なった。


 〈待っています〉


 気のせい、と言い切るにはあまりにも鮮明だった。


 マーカスは、そっと目を閉じた。



「遠くからの感知」


 同じころ――メルツ王国の夜。


 薄い星光が差す室内で、ユーコは静かに目を開けた。

 寝ていたのか、瞑想していたのか、自分でもわからないほど浅い意識の境界。


 胸の奥に、確かな温度が触れた。


 「……また、聞こえた」


 誰の声か。

 どうして届くのか。

 その理由をまだ知らなくても――


 ユーコには理解できた。


 〈近づいてきている〉


 確かに、あの人の気配が。


 ユーコはそっと息を吸い、小さく微笑んだ。


 「……大丈夫。私はここにいるから」


 その声は夜気に溶けて消えたが、響きだけは遠いどこかへ届いていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る