【第二章:ファニング王国編】

第10話 『風樹海の余韻』



「戦いの余韻」


 風樹海の森を抜けた小道を、マーカスはゆっくりと歩いた。

 戦いの振動はまだ手に残り、肩の調律印が微かに熱を帯びている。

 胸の奥には、戦闘の余韻と緊張の残り香がじわりと染み込んでいた。


 村の家々は静まり返り、煙突から青白い煙が立ち上る。

 子供たちの声が遠くで響くが、先ほどの戦いの記憶に押され、どこか遠くに感じられた。

 マーカスは深く息を吐き、腰の剣と銃を緩めて置く。



「村の温もり」


 巫女が籠を抱えて近づいてきた。

 柔らかな眼差しの中に、戦いの疲れを察した気配があった。


「ご無事で何よりです……。

 あの封印柱、あなたが調律してくださったのですね」


「……ああ。

 森や村に、もう干渉はない……はずだ」

 マーカスは小さく頷き、周囲を見渡す。

 封印の影響で荒れていた森や大地はまだ完全には落ち着いていない。

 だが、少しずつ生命の律動が戻りつつあるのを感じた。


「本当に……、ありがとうございます」

 巫女は籠を差し出す。

 中には森の恵み、食料や薬草が詰められていた。


「これ、村の皆が少しずつ集めたものです」

「……わりぃな。助かる」

 マーカスは胸の奥が少し温かくなるのを覚える。


「夜は寒くなります。どうぞ、少しでも温かいものを」

 巫女は微笑みながら、小さな鍋を取り出す。

 湯気の立つスープの香りが、戦いで緊張していた体に柔らかく染み入る。


「……こんなものでも、力になれば」

「十分さ。……落ち着くよ」

 マーカスは短く息を吐き、鍋の縁に手を置いた。


 遠くから、村人の一人が声を上げた。


「おお、勇士よ!森の害を祓ってくれたのか!」

「……そうだ。でも、英雄扱いはやめてくれ」

 マーカスは小さく答える。

 称えられるつもりはない。

 目の前の現実と、封印を守る責務が重いだけだった。


「……勇士様、少し休んでください。明日にはまた旅立つのでしょう?」

 巫女が心配そうに声をかける。

「ああ……。ただ、準備だけは整えておかなきゃならねぇ」

 マーカスは小さく頷き、腰の剣を指先で触れる。


 宿の小さな囲炉裏で、火の温もりが背を押す。

 湯気に混じる薬草の香り、穏やかな灯り、村の静けさ――

 それらが戦いの余韻をそっと包み込み、心を落ち着かせる。



「風の囁き」


 夜も更け、宿の外に出ると、風が木々を揺らす。

 遠くの山並みに微かな光が走り、空気の冷たさが身を引き締める。

 耳を澄ますと、かすかに声が届いた。


「……ま……す……」


 ユーコの声だった。

 微かで、頼りなげで、しかし確かにそこにある。

 胸の奥がざわつき、戦いの余韻と、まだ見ぬ先の試練への予感が交錯する。


「……そっちに、いるのか……?」

 思わず、口に出す。答えは風に消えたが、声の存在は確かに感じられた。


 封印柱の調律は終わった。

 しかし、次の封印地――北の地に待つ氷律の脅威――への道筋はまだ遠い。

 肩の刻印が微かに疼く。


(……あの先に、どんな風が待っているのか)


 マーカスは武器を確認し、夜の闇に目を凝らす。

 森の静寂に混じる微かな律動を聞き取りながら、次の旅路を思い描いた。

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