【第二章:ファニング王国編】

第8話  『幻影の試練』



「霧の奥の気配」


 風樹海の深奥。木漏れ日は赤く沈み、霧は静かに満ち、森の空気が変わる。

 マーカスは足を止め、左肩に刻まれた調律印へ視線を落とした。そこから伝わる微熱と脈動は、今や警告に近い。


「……来たな」



「武器と共鳴する刻印」


 霧の奥で空気が泡立つように歪み、影が凝縮していく。

 やがてそれは、人の形を模す。輪郭は揺らぎ、身体は霊質の靄で構成され、表情のない仮面が浮かぶ。


 幻影体。

 過去の戦士の記憶が封印に焼き付いた残響――だが、模しているのは“強さ”だけで、人としての弱さはない。

 つまり、容赦というものが存在しない。


「……戦士の残滓か。皮肉なもんだな。こっちは、まだ戦士ですらねぇのによ」


 マーカスは魔剣と魔銃へ視線を落とす。

 刀身と銃身に刻まれる古代文字が、翡翠石の力に呼応して脈打っていた。


「頼むぞ……俺を置いていくなよ」


 深紅のソウルイータ。

 漆黒のイロゥドイータ。

 真紅のブラッドソウル。

 蒼光のデッドソウル。


 武器たちが、まるで息を吸い込むように光る。


「――ッ!」


 幻影体が音もなく跳躍。霧を割る軌跡は、まるで“影が自らの形を放棄した”ような速度だった。


「速ぇな……けど、読める!」


 ソウルイータを構え、迎撃。

 深紅の斬撃が幻影体の腕のような霊質をかすめ、赤い共鳴の筋が裂けた空間に走る。


 衝撃が返ってくる。

 相手の魔力の欠片が刀に吸われ、手に微かな活力が戻る。


「これが……魂を喰うってことか」


 しかし、斬撃を受けた幻影体は形を歪めたかと思うと、すぐに背後へ回り込む。


「っ……!」


 刃のように尖った影の腕が迫る。

 マーカスはイロゥドイータを即座に抜き、漆黒の刃で受けた。


 金属の音ではなく、“空間が裂ける音”が響く。


「やっぱり来るな……刻印が疼く」


 胸奥――いや、左肩の印が熱く疼く。

 この漆黒の刃が呼応しているのだ。


 マーカスは低くつぶやく。


「……俺に、この力を使わせようってのか。師匠……」



「分裂の試練」


 幻影体が再び距離を取る。

 一瞬の静寂。その後――影が分裂する。


「分身……いや、霊質の分岐か!」


 三体に見える影が同時に襲いかかり、軌跡は複雑に絡み合う。


「そんなもん――」


 ブラッドソウルを構える。


「一つずつ、沈める!」


 真紅の光が銃身から迸り、血魔力の弾丸が放たれる。

 命中した影が大きくよろめき、霧散した部分が紅く染まる。


 しかし、残り二体の動きは止まらない。


 ――速い、読み切れない軌道。


「クソ……!」


 マーカスは大きく後退し、霧の濃い茂みまで飛び退いた。

 呼吸が乱れる。

 不安と焦燥が胸を締めつける。


「落ち着け……まだやれる。戦い方は教わった。身体が覚えてる」


 自らに言い聞かせるように呟き、デッドソウルの冷たい銃身を握った。


「見せろ……魂の軌跡を!」


 蒼光の弾が霧を抜け、幻影体の動きを切り裂く。

 残り二体の霊質が光に照らされ、内部の“魂の残響”まで露わになる。


「そこ…だっ!」


 マーカスは踏み切り、ソウルイータを逆手に構えて斬り込む。

 深紅と蒼光が交差し、一体が霧散した。


 もう一体が、背後に回る。


「やっぱり背中か……!」


 振り向きながら、イロゥドイータを振るう。

 漆黒の軌跡が幻影体を裂き、霊体の核を引きずり出すように光を乱した。



「森に戻る静寂」


 最後の影が霧散し、森に静寂が戻る。


「ハァ……ハァ……まだ……終わってねぇ」


 刻印の脈動は収まらない。

 肩から胸にかけて、まるで炎が這うように熱い。


 森の奥――光が舞い上がる。

 封印の核心が、一瞬だけ姿を見せた。


「……見てるんだろ。俺がどう戦うか」


 マーカスは武器を下ろしながら呟く。


「俺は……怖ぇんだよ。

 また守れなかったら、また……何もできなかったら……」


 その手は僅かに震えていた。


 だが、深紅、漆黒、真紅、蒼光――

 四つの武器がそれぞれ微かに鼓動し、応えるように光った。


「……行くさ。まだ終われねぇ」


 森の霧が揺れ、次の試練が確かに息づいていた。

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