【第二章:ファニング王国編】

第2話 『蒼樹の囁き、封印の森にて』



【双祈の開幕】


──風は語る。


 ひとたび森に入れば、呼吸すら風に溶けるという。

 蒼く光る樹々は、かつて世界を縫うように流れていた〈風の脈〉の残滓。

 封印柱の老朽とともに世界の脈が乱れている今、森は再び囁きはじめていた――

 “われを見つけよ”と。


 その声に応じるように、歩むひとりの影があった。


 銀髪を風に揺らし、眼鏡の奥に静謐を宿す男。

 名は――マーカス・ロッティ。


 彼は気付いていた。

 この囁きはファニング王国だけのものではない。

 中央の封印柱から伝わった“揺らぎ”と、どこかで呼応している。

 調律印が微かに脈動し、彼の左肩で静かな熱を帯びた。


 その導きのまま、マーカスは風樹海の奥へと足を踏み入れた。



【蒼樹海の路】


 ファニング王国の東境――

 風樹海エル・ファンリードは薄い霧の帳に包まれていた。


 地を這う根は青白く発光し、葉の一枚ごとに微細な符文が刻まれる。

 風は笛のように唄い、霧はその音に合わせて揺れた。


 マーカスは両手に魔銃を、背に二本の魔剣を負う。

 森を歩むほどに、調律印が“呼応”を返しているのが分かった。


「……封印特有の気配だ。だがこれは大陸封印の深層じゃねぇ。

 もっと浅い――“国の結界”が擦り切れてやがる」


 彼の呟きに応えるように、淡い光粒が流れた。

 小さな風精霊〈フェルナ〉が肩へ舞い降りる。


『旅の人、囁きを聞いたのね?』


「ああ。封印の鼓動が誘っている。

 ……それに、この森だけじゃない。

 ほかの地域でも“揺れ”が走ってるはずだ」


『風はすべてを渡るもの。

 だから知っているわ。北も、東も、西も……

 かつての歌が乱れているの』


 マーカスは短く息をついた。

 中央大陸全域の封印が、同じように軋み始めている。

 彼はその事実を胸の奥で静かに噛みしめた。


 光が揺らぎ、路がひらける。

 その先に――蒼樹の根元を護る村〈ウィンルート〉があった。



【風を織る民】


 村は風見の布で覆われ、羽根飾りが揺れていた。

 人々は風を“神気”として祀り、金属を“穢れ”とする古い信仰を守っている。


 マーカスの腰の魔銃を見た瞬間、ざわめきが起きた。


「その鉄の器……禁忌の品……」

「しかし、森が荒ぶる今、掟に頼ってばかりで

は――」


 奥から現れたのは蒼衣をまとう女性。

 風の巫女――ゼフィール=ルシェ。


「あなたが封印の揺らぎを鎮めに来た人……?

 風が告げていたわ。マーカス・ロッティ――

 異邦の剣士」


「……名まで知ってるとはな。風ってのはおしゃべりだ」


 ゼフィールは微笑み、蒼い結晶を取り出す。

 それは風を吸うように脈動し、かすかに震えていた。


「《ミラージュ・ルート》――この国を結ぶ“風の心臓”。

 封印柱の劣化で世界の脈が乱れた今、この結晶も暴風を呼びはじめているの」


 マーカスの視線が鋭くなる。


「つまり……国の封が乱れてるだけじゃない。

 大陸全体の“脈”の乱れが、この森にまで届い

 てるってことか」


 ゼフィールは小さく頷いた。


「風は北の歌も、東と西の歌も運ぶの。

 ……でも、南の歌だけは数年前からまったく届かなくなったの。

 まるで風そのものが沈黙したみたいに。」


 その言葉に、マーカスは眉を寄せた。

 (南……? “ない”とはどういうことだ)

 だが今は問う時ではなかった。



【風祈の詩】


──蒼風よ、封ぜられし記憶の門を閉じたまま眠らせたまえ。

 我らは願う、吹き荒ぶその怒りを鎮めんがために。

 風の子らよ、囁きに耳を傾けよ。

 いま、世界は再び、風を取り戻さん。


 詠唱に合わせ、森全体が呼応するように震えた。

 風が逆巻き、葉が刃のように舞う。

 地に刻まれた古文様が蒼光を帯び――


 封印の“歪み”が姿を現す。



【森の咆哮】


 虚像のウィンド・デシェルが出現する。


「幻影体か……封印の影そのものだな」


 マーカスは剣を抜き、風刃を切り裂く。

 魔弾が空を裂き、獣の形を崩す。


 だが撃てば撃つほど、風は増殖し森を切り刻んだ。


『あなたの力では、風を止められない!』


「なら――中心に届くまでだ!」


 《ソウルイータ》を地へ突き刺す。

 剣身が蒼光を放ち、風の奔流を吸い込む。


 瞬間、森全体が嘘のように沈黙した。



【囁きの意味】


 静寂の中、ゼフィールが囁いた。


「……やはり、この森の封印は“大陸の門”のひとつに繋がっている。

 けれど、まだ開く時ではない。

 あなたは“封を壊す者”ではなく――

 “門の鍵を覚えつつある者”」


 マーカスは軽く息をつき、無言で頷いた。


 根の奥に三つの紋章が輝いていた。

 それはまだ沈黙のまま、時を待つ印。


 風がそっと囁く。


『ロッティ……東の空へ進め。風は次の歌を知っている』


 マーカスは歩みを進める。

 その背に、柔らかい風が吹いた。

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