【第一章:ブローグン王国編】

第10話 『風を聞く者』


 ――光の名を継ぐ者よ。

 闇を斬り、己が孤を歩む旅人よ。

 世界はまだ、お前を見てはいない。

 だが、風はすでに、お前の名を呼んでいる。


 その名はマーカス・ロッティ。

 ブローグン王国を発ちし後、彼の靴音は霜に覆われた草原の上に、微かで確かな軌跡を残していた。


 季節は移ろいの狭間、晩秋から冬初め。

 草は白く霜をまとい、遠くの山並みは静かに息づくように淡く霞む。

 冷たい風が頬を撫で、旅路を柔らかく押し流す。


 マーカスは歩き続ける。

 黒い外套の裾を風に揺らし、背には魔剣、腰に魔銃を確かめる。

 (本来、彼の武装は二剣二銃。だが今は旅の始まりゆえ、片側だけがまだ“呼吸”を宿している。)


 夜明け前、彼は焚き火の前に座り、一人、淡く燃える火を見つめた。


 「……ユーコ」

 夢の中で、再びその名を聞いた。

 霧のような声は風に混じり、南東の方角――

 次なる封印の森へと導くように囁く。

 

 誰の声かは分からぬ。

 だが胸の奥に微かな熱が灯る。孤独を焦がすような、懐かしさの匂いだった。


 昼。彼は街道沿いの小さな集落に立ち寄った。

 パンと干し肉、少量の水を買い、老店主と目を合わせる。


 「旅の人、どこへ行く?」

 「ファニングの森へ」


 その響きに、少女が顔を上げた。

 「森が呼んでるんだって。風の中から、誰かが歌うんだよ」

 マーカスは微笑み、白銀貨を置いた。

 「なら、歌の続きを聞いてこよう」


 外に出ると、風が頬を撫でた。

 まるで笑っているようだった。

 (ユーコ……お前が笑う日まで、そして封印が全て目覚めるその時まで、俺は斬り続ける)

 彼の心は静かに燃えていた。


 その夜、丘の上。

 満天の星を仰ぐ。

 ブローグンの夜空とは異なる、深い蒼。

 風樹海の方角から、かすかな歌声が届く。


 「風よ、語れ。木々の根を伝いし記憶を」

 「封印はまだ解かれぬ。だが、目覚めは近い」


 彼の瞳が微かに光を帯びる。

 魔力の奔流が、ファニングの森の奥で蠢き、まだ眠る封印の鼓動を伝えていた。


 「……聞こえる。風の底から呼んでる」


 魔銃を手に、マーカスは立ち上がる。

 風が外套を翻し、焚き火がはぜ、夜空の星が震えた。


 ――その風は、呼んでいた。

 ファニングの森、蒼の樹々の奥から。

 “封印”の鼓動とともに。


 マーカス・ロッティの旅は、まだ静寂の中にある。

 だが、その足音は確かに新たな王国の地を踏み始めていた。


 そして、彼は知らぬ。

 その先に待つのが、最初の“愛”と“誓い”の物語であることを――。



◆◆◆章末詩◆◆◆


 風は世界の律を運び、

 木々の根に眠る記憶を揺らす

 封印の鼓動はまだ静かに響き、

 刃を握る者の胸に灯を宿す


 夢を超え、風に呼ばれし者よ

 封印の鼓動を胸に刻み

 歩みは孤独なれど

 その先に、確かなる道がある

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