【第一章:ブローグン王国編】

第9話 『出立の刻、風は彼方へ』


 夜が明けた。

 ブローグン王都〈エイリアス〉の鐘が、黎明の風を裂いて鳴る。

 マーカスは塔の上から、それを見下ろしていた。

 封印の森での戦いから三日。森は再び息を吹き返し、黒い瘴気は跡形もなく消えた。

 だが王都の地下を流れる魔力脈動――マナ・ライン――はわずかに乱れ、神官たちは原因を掴めずにいた。

彼らにはまだ、「封印が一つ解かれた」という真実を知らされていない。


 マーカスは塔の縁に立ち、肩に手を置く。

 剣の共鳴痕――赤く薄く残る紋様が熱を帯び、第一封印柱を破った証を示すと同時に、七つの封印を継ぐ者の烙印でもあった。


 「……もう、この国には俺の役はねぇな。」


 静かな独白。青い屋根の群れの向こう、朝焼けの山々が輝く。

 その先には、南の風の国――ファニング王国。古の記録によれば、そこにも封印柱が眠り、第一封印の波紋を待っているという。


 背後から足音。学者服の裾を翻し、古文書官〈シリル・ハーランド〉が現れた。

 彼は数少ない理解者の一人であり、マーカスの旅路を見守る知恵であった。


 「やはり……出るのか、マーカス」

 「ああ。お前の言ってた通り、森の封印は“第一層”だった」

 「となると、次は“南の風脈”か――ファニングだな」


 マーカスは頷く。

 シリルは懐から古びた巻物を取り出した。


「これは王国史には載らぬ禁書、“七封綴(ななふうつづり)”の断片だ」

 「封印柱は連鎖している。一つを解けば、隣の封印が波のように呼応する。おそらく次の目覚めは――早いだろう」


 「なるほど、待ってはくれねぇか」

 「気をつけろ、マーカス。封印を解くということは、この世界の“調律”に干渉することでもある。お前の力は、この世界の秩序そのものを揺るがす。封印を解くことは、律を変えることでもある。」


 マーカスは肩をすくめ、笑った。

 「秩序が壊れたら、その時は俺が打ち直す。鍛冶屋の息子らしくな」


 シリルは苦笑し、深い敬意を秘めた瞳を向けた。

 「……そうだな。風が導くなら、ファニングへ行け」


 マーカスは背負い袋を締め、

 黒鉄に赤い脈が走る二本の魔剣。

 冷光を宿す双銃。

 マーカスの旅路に寄り添う、最小にして最強の武装。

 その身軽さが、旅の始まりを実感させる。


 塔を降りる途中、彼は一度だけ立ち止まり、鍛冶屋の煙突から立つ白い煙に、少年の頃の師匠との記憶を重ねた。


 「師匠、あの時の約束、ようやく果たせそうだ」

 「この世界の“錆び”を落とす旅に出る」


 風が頬を撫で、森の方角から、微かに声が届く――


 風の中に紛れた声――

 それがユーコなのか、それとも封印の残響な

 のか、判別はつかない。


 ―――「マーカス……行って。あなたの手が、光を解き、封印を導く」


 夢の中の女の声――ユーコ。

 まだ姿を知らぬ彼女が、確かに呼んでいる。

 声は封印を越えて吹く風のようだった。



マーカスは帽子を深くかぶり、振り返らずに歩き出す。


朝の門が開き、旅人と商人たちが往来する。

その中に、ただ一人、黒の外套を翻しながら進む影――

 マーカス・ロッティ――放浪の魔銃剣士。


 太陽が昇り、風が吹く。

 その風は、次なる封印の地――ファニング王国へと流れていた。



◆◆◆章末詩◆◆◆


 風は彼方を裂き、光の余韻を運ぶ

 封印の声は静かに胸に響き

 歩みはまだ見ぬ世界の律を紡ぐ


 夢の名を呼ぶものは誰も見ず

 だが、刃の先には確かに道がある

 七つの鍵は、ただ一人の手に委ねられた

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