【第一章:ブローグン王国編】
第7話 『静謐の黎明』
夜の名残が、まだ瓦屋根の影にしがみついていた。
東の空がうっすらと白み始めた頃、マーカスはふと目を覚ました。
昨日――師が去った。
その事実を胸の内で確かめるように手を置くと、
左肩の“印”が、微かに脈打つのを感じる。
――選ぶ時は来る。
ドレイアスが残した言葉だけが、まだ体温を持っていた。
静けさはただ静かで、しかしどこか“これから”を告げていた。
◇
朝の光が薄く工房の窓を照らす。
炉は冷え、灰の中には師が最後に叩いた鉄片が眠っている。
静けさの中で、マーカスはゆっくり息を整えた。
「……迷ったら、鍛えろ、か」
手のひらで炉を撫でる。金属の冷たさに、師の残した体温をわずかに感じる。
風箱を引くと、火種が息を吹き返すように橙へと膨らんだ。
懐から小箱を取り出す。小さな錠がかかった木箱の中には、封印の力を吸い込んだ鉱石――十個の翡翠色の結晶が並んでいた。
師は生前、この石を「封印の息吹を帯びた魂の欠片」と呼び、決して独り占めすることのないよう、調律者の選定に備えて残したという。
箱を開け、指先で一つを取り出す。微かに脈打つ翡翠色の石を炉の火に置くと、青白い炎が鉄を包み込み、振動が手に伝わった。
――この石は、封印の属性を吸収し、その性質に応じて色を変える“中立の器”。刻印の力を流し込むと、剣や銃に宿る属性の色へと変化するのだ。
まずは
石を一つ融合させ、鉄塊に槌を打ち下ろす。カン、カン、カン――規則正しい音が工房に満ちる。
刀身は深紅に輝き、打つたびに淡く赤い共鳴の筋が走る。
それは、封印者たちの魂の呼吸に触れ、刀に宿った力がまるで生きているかのように反応している証だった。
刃を振るうと、空気に微かなざわめきが走る。打撃のたび、封印の波動が手に伝わる。
次に
黒曜石のように漆黒の石を炉に置き、鉄に魂を宿らせる。槌の衝撃が鋼を揺らすたび、刀身を包む漆黒の光がうねり、闇を引き寄せるように揺れた。
打つたび、胸奥の印がわずかに疼く。刻印が呼応している――まだ理解はできないが、確かに力が宿っている。
その刃で斬ると、光を吸い込み、周囲の空気まで重く変化するような感覚があった。
次は
赤銅色の石を火に晒すと、銃身に血のように真紅の光が流れ込む。
引き金を引くと、魔力と生命力を喰らう射線が現れる。
まだ試し撃ちはしていないが、完成すれば剣と連動して戦闘に使える予定だ。
銃身を通す光は、調律者の力を媒介し、まるで封印そのものを押し込むかのように強烈な印象を放った。
最後に
青白い石を鋳型に置くと、銃口から蒼い光が滲み出す。
撃つたび、魂を視る力が手に宿る感覚があり、狙いを正確に、鋭く封印の秩序を切り取る刃として完成する。
光の粒子が空間に小さく残り、撃たれた対象の“魂の残響”が微かに見えるような気がした。
余計なことを考えさせない、ただ鉄と向き合う時間。
(……これが、今の俺にできることだ)
鉄を打つ音の向こうで、
ドレイアスの背中が、もう二度と帰らないことだけが静かに確かになっていく。
――ならば進むしかない。
打つたびに、そう腹の底に沈んでいく。
やがて、打ち終えた鉄を冷ましながら、
彼は無言で刀台へ目を向けた。
四つの武器が揃った。
小箱にはまだ六つの鉱石が残る。次世代の者が必要な時に用いるため、そっと箱を閉じた。
マーカスは息をつき、鍛冶場を見渡す。
「……これで、行けるな」
炉の炎の余熱に手をかざし、冷めないうちに背負い袋を整える。
胸奥で印が熱く脈打つ――封印者の魂の声が、微かに呼びかけていた。
この日、放浪の魔銃剣士の旅は、まだ知らぬ世界と、封印と、そして魂とともに静かに始まった。
◇
霜の銀が屋根にうっすら降り始めた頃、
マーカスは灯の落ちた部屋で、剣身に映る自分の瞳を見つめていた。
師が去って三日。
胸の奥に残るざわめきは消えない。
風の音さえないはずの夜。
その静寂の底で――確かに“声”がした。
―――「マーカス……」
夢の奥で、白い霧が揺れていた。
蒼い髪をゆったり揺らす女性が、薄光の中で微笑む。
名を呼ぶその声は柔らかく、どこか哀しげで、深い。
「……お前は、誰だ」
問いは霧に溶け、返事はない。
ただひとつ、名だけが残された。
―――「ユーコ」
マーカスは目を覚ました。
乾いた喉。汗に濡れた額。
胸の奥で、調律印がじん、と熱く疼いている。
(また……呼んでいる)
窓を開けると、国都リボルバーキャノンが白い霧に沈んでいた。
その霧の向こう――
星の光が、どこか不規則に揺らめいているのが見えた。
星の光が歪むのは、ただの霧のせいではなかった。
何かが“息をしている”。その方向から。
世界の呼吸が、わずかに乱れている。
(……前にも感じた。山の遺跡でも、街の魔脈でも……
どこかで同じ“震え”が走っていた)
その震えの中心に、ブローグン王国がある。
そして――第一封印柱〈レグナ・トルクス〉が。
机の上には、ドレイアスが若い頃に書いた古文書がある。
マーカスはそれを開き、指でなぞった。
『封印の力を破る者は、また新たな封印の鍵ともなる。』
彼は小さく笑う。
「……らしい言い回しだな、師匠。」
「……全部、知ってたな。あんたは」
苦く笑い、ソウルイータを手に取る。
その瞬間――刀身の奥に淡い光が走った。
まるで封印柱が“応えた”ように。
(同じ波だ……ユーコの声と、封印の揺らぎ)
胸奥で疼く印は、もはや否応なく告げている。
(行け。確かめろ)
外套を羽織り、扉へ向かう。
夜は冷たいが、印は熱い。
その時――空の彼方で紅の閃光が走った。
街の魔力脈が、かすかに乱れた。
(……動いたな)
地平線の向こう。
第一封印柱〈レグナ・トルクス〉が、静かに呼吸を始めている。
「行くか」
低く呟き、歩き出す。
風が外套を揺らし、その奥で耳に届いた。
―――「待っているよ、マーカス。」
振り返らず、彼は一歩を踏み出した。
封印の謎も、師の沈黙の理由も、
夢の中の女性――ユーコの声の正体も。
すべては、この旅の先にある。
こうして、封印を巡る旅が静かに始まった。
まだ誰も知らない――この旅が、封印の歴史を塗り替えることになるとは。
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