第3話:ダンジョンの追跡者
ギルドでルナと遭遇した翌日。 俺は街の近くにある「迷いの森」の浅い階層にあるダンジョンへ来ていた。 受領した依頼は「ゴブリン五匹の討伐」。Fランク相当の、初心者向けの依頼だ。
「はぁ……はぁ……」
錆びついた剣を振るい、なんとか一匹目のゴブリンを倒す。 たかがゴブリン一匹に、今の俺は必死だった。 これまではユリが前衛で敵を抑え、ルナが魔法で焼き払い、ミオが遊撃していた。俺は後ろで荷物を持っていただけだ。 一人で戦うということが、これほど孤独で、神経をすり減らすものだとは思わなかった。
「あと四匹……先は長いな」
汗を拭い、息を整える。 薄暗いダンジョンの通路は静まり返っている。滴り落ちる水音だけが響く。
その時だった。
ゾワリ。
背筋に、冷たいものが走った。 殺気ではない。もっと粘着質で、重苦しい気配。 俺は恐る恐る振り返った。
「……ッ!?」
通路の奥の闇から、音もなく一人の人影が現れた。 漆黒のローブ。長い黒髪。そして、紫色の瞳。 ルナだ。 彼女は杖を手に、幽霊のように静かにそこに立っていた。
「ル、ルナ……? なんでここに……」
俺が声を震わせると、ルナは無表情のまま、少し首を傾げた。
「奇遇ね。私もこのダンジョンに用があったの」
嘘だ。 Sランク冒険者が、こんな初心者向けダンジョンに何の用があると言うんだ。 俺が不審に思っていると、彼女の口は動かないまま、あの「声」が脳内に響き渡った。
『ああ、やっと二人きりになれた……』
『ギルドから出た後、ずっと気配を消して尾行した甲斐があったわ』
『他の冒険者はいない。魔物も少ない。ここなら、誰にも邪魔されない……』
(尾行してたんかい!)
俺は心の中でツッコミを入れたが、顔を引きつらせることしかできない。 「奇遇」なんてレベルじゃない。完全なストーキングだ。
「……そうか。じゃあ、俺は邪魔にならないように先に行くよ」
関わったら危険だ。本能がそう告げている。 俺は彼女の横を通り過ぎようとした。
ドォン!!
轟音と共に、俺の進行方向の地面が氷柱によって穿たれた。 通せんぼだ。
「なっ……!?」
「危ないわよ。そっちは罠があるかもしれない」
ルナは平然と言い放った。 だが、心の声は雄弁に語っている。
『行かせない。逃がさない。』
『この狭い通路……前後を氷で塞げば、完全な密室が出来上がる……』
『そうしたら、ナオトの手足を拘束して、魔法で眠らせて……私の隠れ家に運べば……』
『ふふ……ふふふ……これからは毎日、私がご飯を食べさせてあげるの……』
(ひいいいいいいっ!!)
俺は悲鳴を上げそうになるのを必死で堪えた。 拉致監禁計画が進行中だ。しかもかなり具体的だ。 「隠れ家」ってなんだよ。Sランク冒険者は別荘でも持ってるのか? しかも用途が完全に犯罪だ。
「……ご忠告、感謝するよ」
俺は引きつった笑顔で礼を言い、ジリジリと後ずさりした。 ルナは一歩、また一歩と距離を詰めてくる。 表情は能面のままだが、瞳の奥が怪しく光っているように見える。
『ああ、怯える顔もゾクゾクする……』
『抵抗するならそれでもいいわ。弱ったところを優しく介抱してあげるのも、悪くない……』
『手足の自由を奪って、私にしか頼れないようにしてあげたい……』
彼女の思考は、愛というよりは支配欲に塗れていた。 いや、彼女なりの歪んだ愛情なのかもしれないが、受け取る側としてはホラーでしかない。
ギャギャッ!
その時、タイミングよく(あるいは悪く)、横穴からゴブリンが三匹飛び出してきた。 俺を挟んで、ルナとは反対側だ。
「チッ……」
ルナが不快そうに舌打ちをする。
「雑魚が。私の時間を邪魔しないで」
彼女が杖を一振りする。 瞬間、鋭利な氷の礫(つぶて)がゴブリンたちに殺到した。
ドスッ! ドスッ! ドスッ!
ゴブリンたちは悲鳴を上げる間もなく、頭を貫かれて絶命した。 圧倒的な火力。Sランクの実力は伊達ではない。 だが、今の俺にとっては、その力が自分に向けられるかもしれないという恐怖の対象でしかなかった。
「……助かった。ありがとう」
「礼には及ばないわ。目障りだっただけよ」
冷たい言葉。 しかし、心の声は熱を帯びている。
『見た!? 今の私、かっこよかった!?』
『ナオトを守った! 私が守った!』
『ああ、やっぱりナオトには私がいないと駄目ね。弱いナオト……私が一生守ってあげる……』
『だから、早くその自由という名の首輪を外して、私の飼い猫になりなさい……』
(飼い猫扱いは勘弁してくれ……!)
ルナはゴブリンの死骸を跨ぎ、俺の目の前までやってきた。 近い。吐息がかかる距離だ。 彼女は見上げるように俺を見つめ、無表情で言った。
「この先も危険だわ。……仕方ないから、ついて来てあげてもいいわよ」
『拒否権はないわよ』
『拒否したら、力ずくで連れて帰るから』
選択肢が「同行」か「拉致」しかない。 俺は冷や汗を流しながら、必死に頭を回転させた。 ここで彼女の機嫌を損ねれば、即座に「隠れ家」行きだ。 ならば、あえて同行を受け入れ、隙を見て街へ逃げ帰るしかない。
「……頼もしいよ。よろしく頼む」
俺がそう言うと、ルナは小さく頷き、踵を返した。 その背中からは、隠しきれない歓喜のオーラが漂っているように見えた。
『やった……! 二人で冒険……実質デート……!』
『もし怪我をしたら、私の回復魔法で……いや、舐めて治してあげようかしら……』
『ふふ、ふふふふ……』
脳内に響く彼女の妄想BGMを聞きながら、俺は重い足取りで彼女の後を追った。 前には強力な魔物(ゴブリンより強い)。後ろ(というか横)には愛の重いストーカー。 このダンジョン探索が、命がけのものになることは確定していた。
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